シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 ジャーディーと彼の娘 (10)最終回

 
 かわりに彼から見えるのは、一気に老け込んだような、憔悴しきった、悲しい一人の男の姿であった。

 私はつい気になって彼に聞いた。

「ジャーディー、どこか具合でも悪いの?どうしてしばらく見ないうちに、そんなに痩せこけてしまったのかしら?」

 彼は打ちひしがれてすっかり沈みきったような眼で私を見た。そして、数々の苦労が刻み込まれたその顔の筋肉は痙攣し、さらにぐにゃぐにゃになって震え始めた。見たところ彼はそれほどまでに苦しみ、傷つき、言葉を絶する悲しみの中にあった。

 何か言いたいことがあるには違いないが、彼の震える唇はそれを語ろうとはしなかった。無言だが、その小さくなってしまった両眼から涙が溢れ出ていた。その溢れ出る涙は顔に刻まれた皺を伝って折り重なるように衣服の上に滴り落ちてゆく。そして、彼の衣服には、大きな涙の染みができていた。

 悲しいまでに素朴なその苦痛の様は、人を悲しませずにはおかない|木像《でく》のようであった。その線は拙く、しかも粗い。しかし、格別の力を持って心に迫ってくるようであった。

 「ジャーディー。一体どうしたの?」

私は自分の心がぎゅっと引き締まるのを感じていた。私は借金のかたに取られた娘のブーのことを考えていた。私はおそるおそるその言葉を口にしようとしたが、喉元でぐっと飲み込んだ。

 ちょうどそのとき近所の|宋《ソン》さんの奥さんがやってきて、昨日起こった事件について教えてくれたのだった。

 彼女の話によると、ブーは銭家での虐待に耐えきれなくなって、また逃げ出したのであった。彼女はそのまま墓地に逃げ込んでそこに何日か潜んでいたが、最後は銭家の人に見つかってしまった。

 銭貴金の母親は捕らえられて連れ戻されたブーを見て、強烈に打ち据えたあと、人を付けてバンコクに売り飛ばしてしまったというのである。

 ジャーディー……。私はなんと言って慰めたらよいのだろう。

 ジャーディーは終始無言で、ただずっと涙を流し続けていた。そして分厚い掌でゆっくりと、まるで無機質に、何事もなかったかのように、彼の頬の涙を拭っていた。

 ジャーディー……。私は心の中で悲しみの声を叫ぼうとしているが、だがその言葉は私の口から出てこない。私は知っている。こんな時に何を言っても、所詮は無意味で何の解決にもならないただの与太話になってしまうことを。

 ジャーディーは黙々と涙を流した。そして、黙々と起ち上がって去っていった。

 私は庭の外まで彼を追い掛けて行って、門のあたりに立って、彼が一人、救われがたい悲しみを背負って歩く後ろ姿を見ていた。やがてその影は暮れなずむ夕陽の中に消えていった。彼は私に対して一言の言葉も話さなかった。だが私にはよくわかっていた。この一人の山岳民族人の心に放り込まれた無限の苦痛と辛さを。

 哀れで孤独なジャーディー。私には、ため息とあなたの苦境に対する無言の理解を示す以外、あなたのために何もしてあげることができない。そして、私に対する期待を抱いて裏切られた娘のブー。私があなたのためにしてあげられることは、すでにもうない。


【ジャーディーと彼の娘 完】






関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ
Facebook Page
検索フォーム
ブログ記事一覧
プロフィール

deguchik

Author:deguchik
中国語で書かれた作品から、北タイやビルマ(ミャンマー)シャン州、黄金の三角地帯(ゴールデントライアングル)の歴史や風物を読み解いていきます。
個人のFACEBOOKページ
このサイトのFACEBOOKページ

Contact/ご連絡

Your name/お名前:
Your E-mail/メール:
Subject/件名:
Message/本文:

RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR