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シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 養子・痩馬・秋夜 (9)最終回

 
 だが、そんなとき、思いもよらない不幸な事件が起こってしまったのであった。ある日の午後、孫光泰は山へ薪を切りに行って、不覚にも崖から落ちて命を落としてしまったというのである。

 その件を耳にした私が孫おじさんを訪ねたとき、あの壊れかかった草屋の床下には、すでにもう一本の竹筒が刺さっているのであった。そう、死者に食事を与えるあの竹筒である。死んだ孫光泰はすでに、あの家の下に埋葬されていたのであった。

 寂しさと悲しさが重苦しくあたりを取り巻いていた。私が草屋のはしごを登っていくと、暮れなずむ光が、住居の中を仄暗くうっすらと照らしている。孫おじさんは床に腹ばいになって、すすり泣きながら二人の死者に食事を捧げているのであった。

 人の胸を打たずにはおかないこのような光景を眼にして、私の心には口にはできない深い悲しみが広がっていった。それに私はこの不幸で孤独な老人にどんな言葉を掛けて慰めればいいのであろうか。

 孫おじさんは、もごもごと言葉にならない小さな声で、何かぶつぶつ言いながら、死者への食事を与え終え、ふと頭を上げて私の方を見ると、身体を起こした。まくり上げていた袖を伸ばすと、その袖で赤く腫れ上がった眼を何度もこすった。息を詰まらせながら、悲しく落ち込んだような声で「あ、先生でしたか。こちらへ来て座ってください」と言った。

 二人とも一言も喋らず、ただ黙々と座っていた。孫おじさんは深く傷ついた様子だ。悲嘆に暮れた声で「まったく。これは運命ですよ。ね、これがたぶん運命なんですよ」と言った。

 これが果たして運命なのか。だがもし運命でないのなら、いったい何なのか。

 私は返す言葉もなく、ただじっと押し黙ったまま彼を眺めていた。それに、私が何を言えばいいというのだろうか。一人の孤独で貧しい老人は、いまも苦しく、悲しみで胸がいっぱいになっている。ある者が彼に会いに来て、同情と理解の念を示すこと。もしかしたら、それが最大の慰めなのかもしれなかった。

 これから先、この孫おじさんと寂しい日々を共に過ごすのは、あの年老いて痩せこけた馬一匹だけになってしまった。

 このメーサロンという貧しい山地の村に住んでいるため、私にしても所詮は一人の貧しい教師に過ぎず、私たちの境遇とて決して恵まれたものとは言えないのであった。それでも、心からの同情と憐憫の情を示すために、正月には私ができる精一杯の金額として、四十バーツのお金を包み、孫おじさんに手渡した。彼はこれにはいたく感動してくれて、返す言葉も見つからない様子であった。だが私にはわかっているのだ。彼が感激したのは四十バーツのお金に対してではない。むしろ、自分が忘れ去られていないという情誼に対するものであったはずだ。

 そして、ある秋の夜のことだった。一人の生徒が私のところに駆けつけてきて知らせてくれたのであった。「先生、孫おじさんのうちの馬が死んじゃったんだって」

 それを聞いた私に、ため息をつく以外、いったい何ができるというのだろうか。

 少し寒気を覚える秋の夜風を受けながら、私は孫おじさんの、あの、崩れかかった草屋の前に佇んでいた。

 静寂すぎる暗さは、喘ぐことすら許さない。私はただ息を詰まらせるだけだった。人気を感じさせない外の空気は低く唸っているようで、秋の虫たちの鳴き声はただ悲しく響いている。大きな牙のように曲がった月が、夜空に引っかかるように浮かんでいて、それはまるで、人の世の直視しがたい悲しさや儚さを彷彿とさせる。そして夜空いっぱいに広がる星たちは、きっと、天が流してくれた慈悲の涙の一粒一粒に違いない。

 深い藍色をした静謐な蒼穹の下、一塊の黒い物影が見えてきた。それは一匹の死んだ老馬であった。かつては多くの荷物を背負ってきて、そして今は死んで硬くなってしまっているその身体。肋骨の数が数えられるぐらいに痩せこけているその亡骸を、いまは静かに地面に横たえている。そしてもう一つの影。一人孤独になってしまった私の父のような四川出身の老人。彼はこれ以上の苦難を背負うことはできないであろうその背中を丸めて無言で佇み、秋の夜の風露のなか、ただ一人、その身を震わせているのであった。

【養子・痩馬・秋夜 完】





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