シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 養子・痩馬・秋夜 (6)

 
 孫おじさんは私が興味を示しているとみるや、喋るほどに嬉しくなってくるようであった。彼はさらにお得意のカワ族の話を続けた。「カワ族の子供は、一歳から唐辛子を食わされます。辛さに泣いても、泣けば泣くほど多くの唐辛子を口に詰め込まれるんです。それでもさらに泣き続けるならば、こんどは|蕁麻《じんま》で叩くんです」

 私は驚きのあまり、開いた口が塞がらなかった。蕁麻といえば、毒のある植物である(※訳注、蕁麻疹の由来)。その葉は掌の形のようなものもあれば丸いものもある。高さは三、四尺ほどだ。茎や葉の表面には繊毛がびっしりと生えている。皮膚がこれに触れると、耐えがたい痛みをもたらす。ひどいときは赤く腫れ上がったり黄色い汁がだらだらと染み出してくるのである。カワ族はこの蕁麻でもって子供たちを打ち据えているとは、さすがに私も知らなかった。

 「それで、自分の足で歩けるようになった子供は、大人について焼き畑を耕したり、柴を刈ったりするのです。それどころか、牛や馬を放し飼いにしたり、山に登って狩りをしたりもする。でも先生、考えてみてください。このぐらいのことでへこたれてしまうような子供なら、もうとっくに死んでいるのです。つまり、生き残っているということは、自然と牛の如く壮健な者だけということになるのです。ですから、カワ族の子供たちは大きく成長したあと、どんな苦労も厭わず、いかなる風雪にも耐えるというわけです」そして、ここまで話すと、破顔一笑、笑い出した。「ですが、たった一つ苦手なことといえば、まさにこの、学校へ行って教室に閉じ込められて、文明人らしく振る舞うということなのでしょうな」

 私は心の中で思わず笑っていた。孫光泰はもともとこういうふうに育ってきたからこそ、ああいう感じの生徒になったのである。筋骨隆々、教師の体罰を少しも恐れないのは、まったく不思議なことではないのであった。学校の体罰のように、戒めることを目的とした象徴的儀式ともいうべき鞭打ちでは、彼にはなんの効果もないのは明らかなのであった。なぜなら、彼は、同族の大人たちから、学校よりもはるかに厳しい体罰と鞭撻で育てられてこれまで生き抜いてきているのだから。

 では、このように特殊な環境で育った子供には、いったいどのように接していけば、この強靱さを逆手にとって骨抜きにできるのか。思いついてみれば簡単なことであった。そうだ。この父親がそうするように、愛を持って感化すればよいのではないか。

 いろいろと細かいことまで考えを巡らせてみると、孫光泰が学校で受けているような体罰や説教など、はるかにおよばないような強烈な教育をすでに受けてきている。私たちがいままで粘り強く彼に行ってきた指導や叱責など、所詮は口にするのも恥ずかしいような程度に過ぎず、彼に対する関心に到ってはお話にならないものなのであった。

 何度かの家庭訪問を経て、私はいままで抱いてきた見方や方法をまったく捨て去ってしまうことにした。本当に心底彼を愛する心と誠意を持って彼を感化するほうがいい。私も気付かされたことだが、何族の子供であろうと、成長段階では、ちゃんと理解されて、しかも何度も何度も繰り返すように励ましを受け続けることが重要なのだ。ひたすら責めたり厳しくするだけでは、それは却って子供たちの心に傷を残し、いたずらに反感を募らせるばかりである。

 
養子・痩馬・秋夜 (7)へ






関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ
Facebook Page
検索フォーム
ブログ記事一覧
プロフィール

deguchik

Author:deguchik
中国語で書かれた作品から、北タイやビルマ(ミャンマー)シャン州、黄金の三角地帯(ゴールデントライアングル)の歴史や風物を読み解いていきます。
個人のFACEBOOKページ
このサイトのFACEBOOKページ

Contact/ご連絡

Your name/お名前:
Your E-mail/メール:
Subject/件名:
Message/本文:

RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR