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シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 養子・痩馬・秋夜 (4)



 わずかに自分を抑えたような悲しみが、父親の顔をさっとよぎるのが見えたような気がした。だが彼は特に動じた様子も見せずに「本当ですよ。この子の母親は三カ月も前に死んでいるんです」

 これにはさすがに、自分が完全にからかわれているに違いないと思った。しかし、無知を装うように聞くしかなかったのであった。「そうなんですか?本当ですか?でも、でも……」と言いながら、私は孫光泰を指さして「でも、この子はいま、母親にご飯を食べさせているのではありませんか?」と尋ねた。

 「あ、そうか。先生がわからんのも無理はない」父親は笑いを押し殺しながら説明してくれた。「これは彼らカワ族の風俗と申しますか習慣でしてな。人が死ぬと、自分の家の下に埋葬するんですわい。それから、節を取り除いて中を空洞にした竹筒を、死人の口の中に差し込んでおくんですな。そうしておいて、祭礼や何かの記念日には、家人が食事を取るときに、その竹筒に食事を押し込んで、死人にも喰わせてやるんですわい。今日はちょうどこいつの母親の命日から百日目に当たる日なもんで……」

 タイビルマの国境地帯にやってきてもう何年も経つが、カワ族がこうした風俗習慣をいまでも残しているとは。このことは私にとっても初耳であり、しかも、この眼でその様子を目撃することになろうとは。

 孫光泰の母親はカワ族であった。もっともそのこと自体、別にとりたてて珍しいことでも新しいことでもなんでもないのだ。タイビルマ国境地帯に流れ着いてきた中国人が、当地土着の民族と通婚するという話は枚挙にいとまがない。

 父親はそそくさと食事を終えると、五徳から熱々の茶が入った急須を持ってきて、真っ黒く変色した二つの竹筒の湯飲みに注ぎ、一つを私に手渡した。彼は自分用の一杯をうまそうに飲んでいる。そして、問わず語りにいろいろと話し始めたのであった。思うに、彼にはこうした話をする相手も、そして聞いてくれる人すらもいないのであろう。彼のそうした様子はとても嬉しそうであった。

 私は自分の父親が四川人であることを彼に告げた。彼はこのことにいたく感動したようであり、しかも同時に、このことが彼の里心に一気に火をつけてしまったようでもあった。彼が言うには、彼はもともと国民党軍部隊の兵士であった。大陸が紅く変色(共産化)したあと、彼は孤軍と共に北タイまで下ってきたのであった。やがて年老いて軍を退役した後、ちょうど七、八年前に、そのころは薪を売っていた孫光泰の母親を娶ったという。そして孫光泰は、その母親の連れ子であるとのことであった。当然、彼の本当の父親もまたカワ族であり、このことはつまり、彼の血管の中に流れているのは、純粋なカワ族の血液ということになる。

 私は感動しながら、面前にいるこの悲しい身の上の老人を眺め、大いなる感慨に包まれていた。各地を転々としてきた一人の老人は、中国近代史の動乱と変遷を、我が身をもって体験してきた。そして現在は、異国の荒れ山にたどり着き、風雨でがたがたに崩れかかった草屋に暮らし、年老いて痩せこけた一頭の馬と共に、人の荷を運ぶことで命を繋いでいる。晩年に配偶者を失い、その上、耐え難いほどにできが悪く、しかも血の繋がっていない息子を養っているのである。話し始めれば、驚きとともに哀れみもまた禁じ得ないのであった。

 孫おじさんは私に対して親しみを覚えたのか、さきほどからのちょっと緊張したような距離感は徐々に消えていった。孫光泰のことに触れると、彼は穏やかだが懇請するような口調で語り始めた。「先生、あいつは悪気があって学校であんなことをしているわけではないんじゃよ。どうも性格が生まれつきあんなふうで、こればかりは厳しく躾けても変えようがない。カワ族というものは、もともと大自然のなかで、何者にも束縛されずに生活してきた習慣がどうにも抜けない。中国人の学校にやるというのは、まあ、野生の馬に轡を掛けるようなものでして、あいつがそれに適応できるのかどうか……。実のところ、学校にやられて困っているのはあいつの方なんです。私にしても、あいつの勉強嫌いはよくわかっているつもりです。でもできれば、学校で少しでも中国人の勉学の習慣を見習ってくれさえすれば、それはそれで満足なんですよ」


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