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シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 養子・痩馬・秋夜 (3)

 
 孫光泰の家はメーサロン郊外の少し不便な丘の上にあった。家は竹でできた古い高床式住居であった。高床式住居はほとんどの場合、その階下には壁がなく、人は住まない。多くは牛や豚、鶏などの家畜をそこで飼ったり、薪などの物資を置いておく場所として使われる。その家は久しく世に打ち棄てられ、忘れ去られたように、一軒だけぽつんと建っており、周囲には隣家と呼べるような家はない。そして、その階下では、すっかり痩せて骨と皮ばかりになった黒馬が草をはんでいた。

 そのときはもうすでに日が暮れかけていた。家の扉が開け放たれているのが見えたので、私は家の中に向かって一声掛けてみた。「孫光泰君の家はこちらでしょうか?」そしてぎしぎしと音を立てるはしごを登り、一歩一歩と中へ向かって進んでいった。

 すると家の中から返事があった。私はなによりもまずその声に驚いた。それは、メーサロンでは滅多に聞くことがない四川方言の中国語だからであった。そう、私の父と同じその四川訛が疲れたような声で響いたのであった。「おい、光泰や。誰か来たらしい。ちょっと見てきておくれ」

 私は頭を持ち上げて扉の方を見ていたが、孫光泰は出てこないようだった。だがかわりに白髪で年のころ六十ぐらいの痩せた背の高い老人が、背中を曲げながら入り口をくぐり出てきて私を迎えた。彼は私を見ると、その長年の風雨にさらされてすっかり黒くなった顔に、いかにも意外そうでぽかんとした表情を浮かべたかと思うと、こんどは少々不自然な笑顔を浮かべて、「おお、誰かと思えば先生でしたか。さあ、まずは中へ入ってお掛けください」と言った。

 その老人は私を屋内に招じ入れ、そしてそのまま一時間ほど過ぎていた。だが、さすがに手持ち無沙汰になってきた。おそらくここには来客もほとんどないのだろう。だからこそ、この老人は私の来訪にこれほどまでに緊張しているのではないだろうか。

 私は竹でできた小さな腰掛けをどこからともなく適当に引きずり出してきて、屋内の角のあたりに腰掛けることにした。

 この屋内は質素であり、いちいち口に出して取り上げるほどの設備もない。窓の近くに石で囲むようにして作られた竈があり、竈の脇には鍋に入った米飯と、古びた壺のようなものがあって、そこには数本の唐辛子と塩が入っている。さらに、水分と油が飛んでなくなるまで煮込んだような黄色く澱んだ青菜の汁物がある。孫光泰はご飯を用意して、その近くの床板の上に四つん這いになっている。彼は飯を捏ねて、一つ一つ団子のようにしては、床板に開けられた穴の中に転がしている。

 「あら、孫光泰、あなたそこでいったい何をしているの?」何をしているのか、私にはさっぱり見当も付かない。そして思わずそう聞いてしまったのだった。

 孫光泰はまるで他人など眼中にないといった感じで私を斜めに見ると、表情を硬くして見せた。そして、「いま母ちゃんに飯を食べさせているんだ」と言った。

 私はまた彼に馬鹿にされているのかと思ったが、だが今回は誠実に対処すべきであり、私は癇癪が起きないように心を安らかに保って、なにがあってもぐっと堪えるつもりであった。私は怒ることもなく、だが、気を許すこともなく彼を見ていた。

 「先生よぉ、おれが先生に嘘をついていると思ってんだろ。でも、母ちゃんは土の布団を着て、この下で眠ってるんだぜ」孫光泰はそう言いながら、なおもまた飯を捏ねては団子にし、そしてその穴に転がし入れている。

 父親の孫じいさんは、手をこすりながら控えめに私に言う。「そうなんですよ先生。倅のやつは確かに母親に飯を喰わせているんです」

 こんなふうに食事を与えるということはいったいどういうことなのだろうか。私には不思議でならなかったので、思わず「どうして彼女は上に来て食べないのですか?」と聞いてしまった。

 「へっへっへ」孫光泰は笑い出した。「先生よぉ。母ちゃんは死んでからもう何ヶ月も経つんだぜ。なんで上に上がってきて食べるんだい?」

 孫光泰はこちらを見ている。まるで何も知らない馬鹿者を眺めるような眼光であった。

 「でも、もしとっくに死んでいるなら、どうしてご飯を食べているの?」私にはよくわからない。心の中では、この悪がきは、人をからかっているに違いないという思いを捨てきれない私は、ことの真実を窺うような目線を父親の方へそっと向けた。



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