シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 人参果 (10)

 
 私がこの老女の様子を見るに、魔物にでも当てられたかのように驚いている。私はすべての関節がばらばらになるのではないかと思うぐらい激しく震えた。まったく、この老女は、さながら、慈しみが眉に表れ、善を眼に宿し、鶴のような白髪だ。なのに異様に血色がよい。この不釣り合いな健康さからは、逆に何とも言えない謎めいた匂いが漂っている。

 そしてこの老女が笑ったときに口の中に見えたもののおかげで、私は昏倒しそうであった。私が見たものは、緑色の歯であった。おまけに彫り物まで施されている。つまりその歯は翡翠でできているのである。そして、歯の間にはプラチナが埋め込まれている。

 私は、このような人を恐怖に陥れる恐ろしい歯を持っている人間が、この世に二人といないであろうと信じている。

 「あなたは誰?」老女が誰何した。慈しみに溢れた笑顔のなかにも凶悪な素性が見え隠れし、和気藹々とした顔つきからも殺気が透けて見えるようだ。「こちらにお掛けになりませんこと?」

 私は戦慄して息が詰まった。私はもう一度この老女を見つめ返すだけの勇気がないことに気付いていた。とくに、あの森のような緑の翡翠でできた歯を。

 私は踵を返して応接間を出て、ロンサイワイ村長の車に駆け込んだが、それでも私は震えが止まらず、しばらくそのまま喘いでいた。

 そしてちょうどそのとき警察の車がやってきた。実のところ、この夥しい人数の警官たちが眼に入るゆとりもなかったのだが、ロンサイワイ村長がチェンライ県の民意を代表しているという面子から、警察は強硬な態度で玉冷を引き渡すように彼らに迫っていた。

 玉冷はまだ丸々と太っていたが、顔色は今ひとつすぐれず、憔悴している様子であった。この子が誘拐されたあとに遭遇した出来事については、語るにはあまりにも忍びないものだった。

 玉冷はこの神秘的な豪邸に住み、食事は毎日食べきれないほどの山海の珍味が出された。この子ぐらいの年齢の、なかには、この子よりも小さい男女の幼児たちもこの家にいた。彼らはすべて、この老女の寿命を延ばして健康を増進するために必要な人参果であった。子供たちが誘拐されてひとしきり泣き喚いたあと、誰がこのような美食の誘惑に打ち勝つことができようか。さらに、こうした栄養豊富な食品の他に、医者による定期的な身体検査も行われていたらしい。

 この子たちは割り当てられた順番に従って、この老女に呼び出された。老女はこの子たちに熱い口吻をせんばかりに懐深く抱きしめ、甘い言葉でたぶらかし続けたのであった。そして、針を取り出してきて指または血管のある場所に突き立てて穴を開けると、この子たちの血を吸って滋養をまかなっていたのだ。

 人参果。それはまさしくこの妖怪のような老女の不老長寿のための人参果であったのだ。

 そればかりか、この老女は高い金を払って乳母まで呼んでいて、その母乳を飲むという破廉恥な行為も行っていた。もう私は語りたくない。これ以上語ればもう気味が悪くなるだけだ。

 こうしたことがあり、私はこのメーカムの土地に住むことも難しくなっていった。なぜなら、「警告に従わない場合は云々」の輩はどんな悪事も平気でやってのける恐れがあったからだ。

 玉冷の母親に残された日々はもうそう多くはない。教会の孤児院は玉冷と玉清の姉妹を引き取ることを、すでに約束してくれている。ロンサイワイ村長は私に心配するなと言ってくれるし、私が心配することなど何もなさそうであった。惜しむべきは、私自身がこの美しく、人情溢れるメーカムを離れなければならないことの方であった。

 しばらく過ぎて、時節はそろそろ新年になろうとしていた。私はわざわざチェンライまで出掛けて、玉冷のために二着の洋服を買ってきた。この子はこの歳になるまでまだ一着の小ぎれいな洋服すら着たことがなかった。私はこの子に小さな、でも、子供らしい喜びを味あわせてやりたかったのである。

 メーカムを離れるその日の朝、私はその二着の洋服を持って、墓地のそばの草屋を訪れた。玉冷の母親は、顔中に涙を溢れさせ、喘ぐように言った。「聞きました。あなたは台湾へ行ってしまうのですってね。私たちはこれからどうすればいいのでしょうか?」

 「心配要りませんよ。私がいなくなっても、ロンサイワイさんもいるし、村の人々もついていてくれるじゃありませんか。お子さんのことは私がすべて話を付けておきました。あとはロンサイワイさんがちゃんとやってくれます」

 母親が涙を流しているだけではなかった。後ろの部屋にいた玉清も泣いていた。彼女にとっては私たちが台湾へ去ることなど、とても受け止めきれないという様子であった。

 しばらく無言で立ち尽くしたあと、私は静かにその場をあとにした。

 そのまま歩いていると、玉冷が追い掛けてきた。泣きながらなにかを叫んでいる。「お姉ちゃん、私パンツがないよ。お姉ちゃんが行っちゃったら、誰がパンツを買ってくれるの」

 私の涙も堪えきれなくなっていた。でもそうなのだ。まずいことに、私はこの子にパンツを買ってあげることをすっかり忘れていたのであった。私は後ろを振り向き、嗚咽を抑えながら言った。「わかったわ玉冷、ロンサイワイさんに、あなたのパンツを買うように言っておくから!」

 この可哀想な女の子の母親は、もうすぐ死んでしまうだろう。傷心のあまり、その洋服を見るとパンツのことまで思い出してしまった。美食を味わい、自らを命懸けで太らせて、自らの鮮血で、あの呪われた老女の不老長寿のための人参果になっていた事実とこの子が向き合うことはできるだろうか。

 人参果、いや玉冷。あなたは今でも元気でいるかしら。天があなたを守っていてくれることを、私は心から願っている。

於台北、民国七十二年八月二十二日。

【人参果 完】




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