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シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 人参果 (3)

 
 この村にいるほとんどの村人と思われる、感動的な人数が集まってきてくれた。まず一人のお婆さんが自分の棺桶を提供した。村人たちは腐乱してすでに蛆がわいている楊志鮮さんの遺体を棺桶の中に安置して、タイ仏教の儀式に則り、寺まで運ぶと僧侶の読経で供養した。

 このときになって初めて知ったのだが、楊志鮮さんと彼の妻子は、メーカムの村に住むことすでに十数年におよぶらしい。残酷な運命は最後まで彼らを捉えて放さなかった。彼らはジャガイモを売った。だが、ジャガイモはいつも黴が生えて腐ってしまった。彼らは荒れ地を切り開いてトウモロコシを植えた。だが、ラオスの方角から沸くように流れ込んできた何千何万という田鼠が、彼らの一年間の苦労の結晶を全部平らげていった。市場で雲南米線を売った。だが、この商売はほとんど客がつかなかった。こうした荒波に揉まれながらも、なんとか歯を食いしばって生きてきたが、不幸にも奥さんが助かる見込みのない病気に見舞われてしまった。手の施しようもなく、その日が来るときを引き延ばす以外に、ただ、生きて死を待つしかなかった。いったい他に何ができるというのか。楊志鮮の三人の娘たちのうち、十五、六の二人の上の娘はまだ未成年なのにバンコクへ出稼ぎに行っている。楊志鮮が人参果と呼ぶ六歳の玉冷は小さな頃から煮炊きを覚え、母親の看病をしていた。そしていま、楊志鮮の突然の死去に伴い、ぼろぼろになってしまった小さな家庭が残され、さらに、この家庭は四分五裂の危機に瀕している。

 すべての村人たちが溜め息をつく。彼らは心の底からこの中原(中国大陸中心部)からやってきて辛い人生を生きてきた異国の人に同情しているようであった。

 楊志鮮の奥さんは枕の下をまさぐり、震える手で小さなビニール袋を取りだして私に手渡しながら言った。「先生、これを見てください。この子たちの父親は以前……」

 それは、大切に保管されて黄色に変色した数枚の紙片であった。私はそっと開いて中身を見てみる。一枚目は楊志鮮の兵籍表であった。そこには、楊志鮮、雲南鶴慶人、国軍第六十軍、士官学校長……、さらに見てみると、私の心は苦痛にゆがんでいった。台児莊戦役にて頭部に重傷を負う、太原戦役にて腰部に重傷を負う……彼は紛れもなく、国家、抗日、匪賊討伐…。西へ東へと命をかけて銃弾の雨をかいくぐり、戦場を渡り歩いて血を流してきた老兵ではないか。

 北タイには、悲惨な末路と悲しく辛い日々を送っているこうした老兵たちがどれほどいるのだろうか。貧しさと病が代わる代わる迫り来る中で、ただ一人孤独に、人知れず命を落として消えていく、こうした老兵たちがどれほどいるのだろうか。この軍官証には、中年ながら、忠実で慈しみ深い楊志鮮さんの、英俊で抜きん出た様子が窺える写真が貼ってある。私は想像してみた。彼は人知れず孤独にタイ人たちが住む村の、荒れ果てた墓地の近くにひっそりと暮らしている。彼が一人味わってきた多くの数え切れない辛酸、苦労、そして、悲しみに満ちた生活の日々。今、こうして幾千もの心残りを地上に残して、彼の一生を容赦なく叩きのめしたこの苦難に満ちた世界をひっそりと離れていくのであった。

 私はこの付近に半年以上も暮らしているのに、どうして一度もこの楊志鮮さんに出会うことも、また彼について聞くこともなかったのであろうか。私は不思議でならなかった。だがおそらく、彼らのように貧しさの中で辛い日々を送る人々は、もうすでに世に忘れ去られているのであろう。その上、いったいどこの誰が、地の果てまで流れ流れてこの地に住んでいる、一人の貧しい老兵と彼の家族に関心を持ち、しかもそれをわざわざ私に知らせに来るだろうか。

 その翌日、楊さんの遺体は、タイ人の習俗に則って荼毘に付された。

 タイ人が火葬をするときは、墓地で石の塊を拾ってきて人の高さぐらいの壁を作り、その内部には幅一メートルほどの空間を残して、薪を詰め込む。棺桶を置いて、さらにその上に、火力が長持ちするようにタイヤを二個置く。火葬の火は十時間以上かかってやっと燃え尽きる。遺体を燃やしたあとの灰は、その内部に積もるのだが、風雨が打つに任せておくのだ。多くの家では、通常、これは象徴的な意味合いに過ぎないのだが、一掴みの灰を壺の中に入れて埋め、お金がある家ではさらにその上に塔を形取った記念碑のようなものを建てる。



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