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シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 人参果 (2)

 
 私は胸が動悸と共にぎゅっと縮み上がっていった。そのとき、私にはやっと見えてきたのだった。無数の蚊や蠅はまるで黒くて濃い霧のようで、それは小さくて崩れかかったこの草屋の中に籠もるように飛んでいたのである。そう、私にはわかった。この草屋の中にいるのは、紛れもない、死人だ。

 つまり玉冷の父親は、眠っているのではない。死んでいるのだ。「じゃあ、お母さんはどうしたの?」私は眉間にしわを寄せながら焦るようにこの子に尋ねた。

 「母さんはベッドで寝てる。ずっと病気なの」玉冷は相変わらず汚れた手の甲で涙をぬぐっている。

 もしや、その母親もまた「眠って」いるのではあるまいか。

 私はそのことに気付くと恐怖心も消し飛び、何も顧みずに草屋の中に駆け込んでいった。無数の蠅や蚊などが飛んでいて、それがお互いに避けきれずに私の顔に当たる。そして屍体が放つあの強烈な腐臭が鼻をつき、もう昏倒しそうなほどである。だが草屋の中の仄暗い光の中で、私は一目でわかった。腹が太鼓のように大きく膨れあがって、全身が浮腫んでいる女性が一人、竹のベッドの上で、仰向けになってぜいぜいと喘いでいるのが見えたのだ。この光景だけから判断すると、年齢は四十前、病気で憔悴しきっているが、まだ命はある。彼女は、暗くくすんだように見えるとはいえ、若い眼をぱっちりと開いている。その眼は形容しがたい悲しい痛みの籠もった眼光をもっていて、切々と私を見つめている。途切れることのない涙が、延々と頬を伝って流れ落ちている。

 私は手で口を覆いながら、草屋の入り口あたりに立ち尽くしていた。そこから大声で声を掛けるしかなかった。「ちょっと、あなたどうしたの。いったいここで何が起こったの?」

 病に苦しんでいるその女性は息絶え絶えに答えた。唇を動かすのも大変そうである。「主人が死んだんです。後ろの部屋にいます。申し訳ありませんが、頭人に知らせてくれませんか」私はなんとか聞き取ることができた。頭人とは、すなわち村長のことである。

 そのとき、玉冷が草屋に駆け込んできて、私の衣服を引っ張ったのだった。「お姉ちゃん、お姉ちゃん、頭人を呼びに行かないで。お父さんはまだ死んでなんかいない。ただ眠っているだけなんだから。行っちゃだめ。お願いだから!」と泣きながら言い募るのであった。

 「玉冷、あなたのお父さんは本当に死んでいるのよ!」私は慌てていたので、玉冷にそう言うと即座に踵を返した。

 「違う。お父さんは死んでないよ!」玉冷の泣き声はさらに大きくなった。「お願いだから頭人を呼びに行かないで。あの人たちはお父さんを連れて行って燃やして灰にしてしまう。そうしたら、私の父さんは燃えてなくなってしなう……」

 腐乱した屍体が放つ強烈な悪臭、蚊や蠅がうるさく飛び回る音。私はこの鬱陶しさにも煩わしさにも耐えられなくなって、すがる玉冷を振り解き、駆け足で頭人を呼びに走った。

 「お姉ちゃん、お願いだから行かないで。お父さんはまだ目が覚めてないのよ。お姉ちゃん、行かないで!」玉冷は大声で泣き喚きながら私を追ってくる。この子は父親の死が頭人に伝わらないようにしたいのだ。まったく。

 私は玉冷に構わずさらに速く走った。玉冷も力を振り絞って追いつこうとしたが、けっきょく大人の脚には敵わない。その場に座り込んでまた泣きじゃくり、泣きながら私を罵っている。

 この村の頭人、ロンサイワイ村長は、即座に七、八人の村人たちを連れて一緒に駆けつけた。そしてこの凄惨な情景を目の当たりにしてみな暗澹とした気持ちになり、やがて深く傷つき、ため息を漏らした。

 元々はこういうことであった。玉冷の父親、六十数歳の|楊志鮮《ヤンジーシェン》さんは、三日前に竹の棒を踏んでしまい、その棒が足の甲まで突き抜け、そこから破傷風菌が入り込んで全身が高熱に冒された。彼は一バーツを取り出すと、玉冷に「頭痛粉」と呼ばれる薬を三包買いにやらせた……。

 この格安の頭痛粉という薬は、タイビルマ国境地帯の難民にとっては万能の霊薬である。どんな病気であれ、彼らはとにかくこの頭痛粉を服用する。

 しかし、この頭痛粉がどうして破傷風を治すことなどできようか。

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