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シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 人参果 (1)

 
 メーカム。タイ北部、バーンヒンテークの山の麓。タイ人たちが寄り集まって住んでいる、風光明媚な小さな村である。

 私は毎日黄昏時になるといつも、もっとも、雨さえ降らなければの話だが、二人の娘を連れて、両側に樹木が鬱そうと生い茂る渓流の小径に沿って、田んぼまで散歩することにしている。

 だがこれまで、私はこの村の墓地までは足を運んだことがなかった。普通の人なら死人を埋めておく場所などに何の興味もないのだから、行かなくて当然だ。

 そんなある日の黄昏時。私たちは水田に群れをなすアヒルを見た。アヒルたちが歩く様子はとてもおかしくて、私たちはつい引き寄せられてしまった。私たちは、アヒルの群れ全体が、そのリーダーとまったく同じように行動することに気付いた。リーダーのアヒルが左を向けば、群れ全体も一斉に左を向き、右を向けば群れもまた一斉に右を向く。アヒルたちが太った身体をぴょんぴょんさせながら歩く様子は、動作の滑稽さもさることながら、その一糸乱れぬ行動は壮観でさえあった。退屈で寂しい私たち母子三人は、そんなことさえとてもおもしろく感じられて、そのままアヒルの群れを追い掛けているうちに、いつの間にか墓地のそばまで来てしまったのであった。

 アヒルの群れが飼い主にくっついて家に帰ったあと、私たちは墓地の近くに、とても青々とした美しい大樹が聳えていた。大樹の下には小さくて、屋根の低い草屋が、一軒ぽつんと建っている。すると突然、子供のものと思われる大きな叫び声が聞こえてきた。見たところ、赤い服を着た五、六歳の小さな女の子であった。両足は裸足で、長い竹竿を力一杯振り回している。真っ黒くて醜いカラスたちを必死に追い払っているのであった。

 私たちを驚かせたのは、その女の子は涙混じりの雲南方言で泣きながらカラスたちを罵っていることであった。「ばか野郎、死に損ないのカラス。死ね、くそったれ、泥棒カラス!」この子は泣いて罵りながら、その竹竿で、必死になってカラスの群れを叩き落とそうとしている。

 そのカラスの群れは相変わらず騒がしく喚きながら、草屋の上を我が物顔で堂々と旋回している。それはまるで、その女の子のことなど眼中にないといった様子であった。

 私は娘たちに「ちょっと様子を見に行きましょう。あの女の子、さっきから中国語で喋ってるわよ」と言ったのだが、実は私たちがタイ人しか住んでいないと思っていたこのメーカムに、まさか雲南人がいるとは知らなかったのであった。だが、もしそうならば、彼女もまた私たちと同じいわゆる泰北の難民同胞ということになる。

 その女の子は私たちに気付くと、恨めしそうにカラスの群れを指さした。流暢なタイ語で私たちに助けを求め、急ぐように早口で捲し立てた。「あの糞カラスが、私の父ちゃんの目玉を啄んで食べてしまったんだ。父ちゃんが目を醒ましたときに、目玉がなかったら何も見えないじゃない。うっ、うっ」しばらく泣いていたが、また雲南方言で「くそったれ!死ね、このカラスめ…」と罵り始めた。よく聞いてみると、この子はあまり雲南方言がうまくないようだった。タイ語はこんなにうまいのに。

 夜風が吹いてきた。だが、その風が運んできた空気からは、強烈な屍臭が臭ってきて、思わず吐きそうになった私は、心臓が縮み上がるのを感じた。

 カラスの群れは羽をばたつかせている。私たちの頭上を好きなように飛び回っているし、その鳴き声も威嚇するかのように響いてくる。私たちは近くに転がっている石ころを拾い、カラスの群れに向かって力一杯投げつけた。そのうち何羽かには見事に命中して、わずかだが黒い羽も落ちてきた。傷を負ったカラスは悲しい鳴き声を上げながら急いで飛び去ったが、私はそれでもさらに、近くにあった竹竿を拾って空に向かって右へ左へと振り回した。カラスの群れは私の気合いに圧倒されたのか、それとも、私を手強い相手であると思ったのか、諦めきれない様子で散っていったのだった。だが、なかなかあざといもので、離れると見せてそう遠くまでは行かず、その青々とした大樹の枝の上で羽根を休め、耳障りな鳴き声を立てながら反撃の機会を窺っているかのようだ。

 ちょうど、私も話をする余裕ができた。私は「あなたお名前は?」とその女の子に聞いた。

 女の子は汚れた手の甲で乱暴に涙をこすり、「名前は|玉冷《ユーリン》っていうの。でも、お父さんは私のことを人参果って呼んでるの」と疲れ果てた感じで答えた。

 「玉冷」とは、タイ語の名前で、中国語では「小紅」という感じの名前だ。中国人は赤を吉祥如意の象徴と考えている。そして、「人参果」というこの呼び名からは、この子の父親が、どれだけ愛情を注いでいるかがわかるのだ。実際、この子は白くてぷっくりとしている。可愛らしい丸顔にまん丸で大きく明るい黒い瞳。ただ、この子の秀麗な眉目の間からは、難民村の子供によく見られる、苦労をたっぷり味わった跡が読み取れるのであった。

 「玉冷、あなたさっき言ってたわよね。お父さんが…って」

 「そうよ!お父さんは今は眠っているの。もう何日も寝てる。本当によく眠っているんだから。蠅がお父さんの目とか鼻の穴に入って、口の中に卵を産んでも、全然気付かないぐらいぐっすり眠っているんだから。なのに、あの憎たらしいカラスがお父さんの目を啄んで食べちゃったのよ。まだお父さんは目が覚めてないけど…」玉冷はそう言うとまた泣き出した。


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