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シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 癩蛤蟆精(イボガエルの精)(6)

 
 今まで身をもって体験してきたことは、実際には存在しない陰に怯えて、そうした憂いがそのまま病気の如き煩いの元になっているのだと私は思っている。心の中に巣喰う陰影が、身体の生理現象にも影響を及ぼして、それが次々に起こるという悪質な連鎖反応に違いない。

 私は毎日鏡を手にとって自分の顔を覗き込んでみる。そこに写っているのは、唇までが青白くなってしまった蒼白の顔、すり減って、憔悴しきって、夜にはいつも不眠に悩まされ、耐え難いほどに神経が衰弱し、すっかり疲れてやつれ果ててしまった私の姿であった。

 私は些細なことにも一喜一憂するようになっていた。情を抑えることができなくなると、悲哀が心の中から湧き上がってきて、涙をぼろぼろ流して泣くようなこともある。

 私は気付いていたのだ。今バーンヒンテークを離れなければ、私が正常な生活を送ることはできなくなる。

 私はこんなところで死にたくはないのだ。だが夫の楊林は同意してくれない。私の気持ちだけで、どうして一人この地を去ることなどできようか。私たちは家族なのだから。しかし、一家の重大な問題は、やはり家長である夫の決定に従うしかないのである。

 そうしているうちに、学校は長い休みに入った。

 夫の楊林は山を降りて休みを過ごすために、オートバイで出掛けて事故に遭ってしまった。彼がぶつけられて地面に投げ出され、意識が朦朧としているときに、身に付けていた五、六千バーツの、それも、最近支払われたばかりの給与が、この隙に盗まれてしまったというのであった。

 そのときの私は冷静な判断能力を失っていた。私はどう考えても「オオカミが来たぞ」という警告を信じることができない人間だ。だが時にはこうした警告が全部嘘だとは限らない。彼が言うように交通事故に遭って、すべてのお金がなくなってしまったとしても、心の中ではこの一カ月二人分の給与を、彼が以前のように博打ですってしまい、それを誤魔化すために嘘を言って騙そうとしているに違いないと考えていた。そして、私たちの間には冷戦状態が続いたが、夫はついに堪えきれなくなって、私を大声で怒鳴り、私にすぐさま家を出て行けと喚いた。

 私も負けじと娘の綺綺を連れて、しかしどこか悲しみ、どこか恨みがましく、家を出て行くことにした。そのころ娘はチェンライに寄宿してタイ人の学校に通っていた。

 私の心はすっかり疲れ切っていた。私を苦しめる陰影は、私が呼吸することさえ許してくれないようだった。夫婦の間はうまくいかず、それがさらに私には悲しかった。しかし、それでも、私はこれがバーンヒンテークを離れるにはいい口実になると考えることにした。もちろん、この口実はじっくりと準備された完璧なものではなく、ただ、そういう方向に追い込まれた結果に過ぎないのであった。

 バンコクに出て職を求めることに決めた私は、まずバンコクに居を定めた。夫の楊林にしても、私たちがいない生活が愉快であるはずがないと思っていたし、彼が私たちを呼びに来てくれると深く信じていた。

 だが、長距離バスが朝の六時にバンコクに到着してすぐ、恐ろしいことが起こった。バスを降りると、私は娘の手を引いてバスターミナルのお手洗いに行ったのだが、ちらと見た水溜の縁に、またしてもあの怪奇な白蛇が立ち上るように現れているのであった。しかも白蛇の様子は、まるで私を得意気にあざ笑っているかのようであった。

 私はひどく驚いてしまい、眩暈すら覚えた。眼の前がちかちかする。眼をこすってもう一度よく見てみると、あの白蛇はもう姿を消していたのであった。

 お手洗いから出てきたときに、私は娘に聞いてみた。「さっきのお手洗いの水溜の上に、小さな白蛇がいなかった?」
 娘は首を振った。つまり、見ていないということである。そのとき娘は急いで用を足すことで精一杯だったのだ。

 それから、私たち母子は、バンコクの友人の家に落ち着いた。あの恐ろしい霊験の類は、もう二度と現れることがなかったし、あの怪しい蛇を見ることもなかった。

 バンコクに来て、私はようやく忌まわしく恐ろしいあの陰影から離れることができた。私は本能的にそう感じていたのであった。

 そうしているうちに、私の精神状態も明るく晴れやかになってきていた。やがて十日ほどして、私はとある中国語新聞社の職にありついた。

 仕事を始めて一週間ほど経ってから、夫の手紙と、そして彼本人が相前後してバンコクに到着して、私たちはすぐに仲直りすることができた。

 彼は私たちにバーンヒンテークに戻ってくるように勧めに来たのであった。

 だが私は反対に、彼に言った。「私たちはバンコクに住む方がいいと思うんです。実際私はもう閉鎖的で息が詰まるような山奥の生活にはうんざりしているし。私が心配しているのは、私たちがあそこに住み続けると、おそらく予期し得ないような不測の事態が…」

 しかし夫はバンコク生活に付きもののストレス、喧噪、汚さを心の底から嫌っていた。加えて我々は難民の身分であり、合法的にバンコクに居住することは許されていないので、警察が厄介ごとを持ちかけてくるのは目に見えていた。それゆえ、彼は私の提案を退け、ともにバーンヒンテークへ戻ることにこだわり続けていたのであろう。

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