シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 癩蛤蟆精(イボガエルの精)(5)

 
 それから、私の心の中に広がる陰はさらに大きくなった。

 あの一件で、私は心臓がどきどきして呼吸も落ち着かない。身体はなぜか虚弱になり、桶いっぱいの水も運べなくなってしまい、歩くだけでも呼吸困難になる始末だった。それでも私は学校へ行って授業をこなし、毎日いつもどおりに煩瑣な家事をこなし続けている。

 日常的に襲ってくる不眠は、私をさらにか弱くしていった。もしかしたら、そう遠くないうちにこの世を離れて、あの世に行ってしまうのではないかとすら思えてくるほどであった。二人の可哀想な子供のことを思うと、形容しがたい悲しみに襲われた。

 七日間の間に三回も私の前に姿を現したあの白蛇は、さらにしょっちゅう私の記憶に現れるようになって、私は名状しがたい恐慌に襲われていた。そのことも、私に不吉な思いを抱かせるのであった。

 だが実際は、私の生活においては、不幸らしい不幸といえるようなことは起こらなかった。あるとしたらそれは、このように落ち込んでしまった情緒と、抑鬱にうち沈んで悶々とした気持ちから来るものに違いない。

 私はいつも煩わしい憂いと不安に襲われるようになり、困惑し尽くしていた。それに、生来敏感なたちであった私は、白蛇の出現以降、すっかり疑い深くなってしまっていた。

 こうした憂いや煩わしさを吹き飛ばすために、内地出身の中国人に教えてもらい、一冊の「通書」という本を探してきて、そこに載っている「諸葛神算法」という方法で占ってみることにした。

 占いの結果は、私を驚かせるのに十分なもので、それは私をさらに恐れさせ、私は深く憂いた。

 それからというもの、私はさらに憂い深くなり、さらに不安になり、どんなことにも反応して気を落とすようになった。そして、ちょっとしたことでも驚いてしまうような状態が当たり前になっていった。

 しばらくして、高おばさんが言っていた霊験がついに出現したのであった。

 この霊験は、私が道を歩いているとき、何かをしているとき、思いにふけっているとき、じっと静かに黙り込んでいるときに確実に出現する。つまり、私の神経が研ぎ澄まされているときに、出現するのであった。

 誰でも白昼夢を見るには違いないだろうが、まさか道を歩いているときに白昼夢を見る人はいないだろう。
 ある人が仮に、常々幻を見るとしても、それは思い詰めたことによってはっきりと現れるものであって、それは多分に思索がもたらすものだと思うのだ。

 しかしこの霊験は違っていた。意識せず、自覚せず、そうしたときに、不意にすっと人の脳裏に出現するのである。これは考え込んだ末に出てくるものではなくて、さらにいえば、自分の心で制御できるようなものでもない。いつも、本当に突然現れて出てくるのである。しかも、それはすぐには消えない。私に十分な観察時間をも与える。幻に似た真実、それはさらに私を憶測と現実離れした思索の世界へと追い込んでいく。

 たしかにこれは霊験である。

 私が最も多くこの霊験を見るのは、私がサッカー場を通り過ぎるときと、すでに引っ越して空になった旧校舎の前を通り過ぎるときである。

 この霊験は、まず一陣の冷たくて清らかな風が吹き、そこいらにある紙屑などを巻き上げる。そして、さらにもう一陣の風が吹いてその巻き上げた屑を吹き飛ばしていくと、目の前には煙が立ち上って崩壊した壁が出てくるのである。

 このような霊験が突然現れると共に、私はいつも辛く悲しく、しかも激しい動悸に襲われた。

 そしてこの霊験は私をいつも驚かせ、魂を縮み上がらせたし、私は考えれば考えるほど不思議な思いに駆られるのであった。

 私は当然、他の人もそうするように自分を慰めることも忘れなかった。こうした霊験がさっと消えたあとは、これは所詮「気の持ちようで見えてしまう光景」なんだと、私はすぐに自分に言い聞かせるのであった。

 しかし、そう説明してもわからないのは、なぜ私の心がそうした私に危険を知らせるが如き狼煙のような光景を作り出して、私に見せようとするのかであった。

 それとも私が単にただ敏感すぎるだけであろうか。

 そのころ、新聞には連日のようにクンサーを論撃する文章が掲載されていた。そして私はついに耐えきれなくなって夫の楊林に聞いてみた。「いつかタイ人たちはこのバーンヒンテークを攻撃するつもりなのかしら?」
 「きっと大丈夫だ。あれこれと心配するのはよくない」夫はまるで心配ないといったふうにそう答えただけであった。
 「あなた、私はどうも最近よくない予感がするのよ。この学期が終わったら、私たちはバーンヒンテークを離れて、チェンコンの難民収容所に潜り込んで、なんとか欧米の国に移民した方がよくないかしら。どう思う?」

 バーンヒンテークとメーサロンは難民村であって、難民収容所ではない。難民収容所はあくまで収容所である。難民村での居住は半分合法半分非合法というような曖昧な感じの立場になっていて、移住先にも制限があったのだ。

 だが、難民収容所は、ベトナム、カンボジア、ラオスの三カ国から逃れてきた難民を集中的に収容する施設である。この難民収容所の唯一の希望、すなわち長所は、欧米各国に移民申請ができることであった。

 だが夫は難民収容所に入ることを嫌がっていたし、欧米への移民にも興味がなかった。だから、このときの話し合いでは、話し合いらしいことは何もなく終わった。また、当然のことだが、難民収容所から欧米へ移民するには、一年半から三年という気の遠くなるような時間がかかるというのが当たり前だったし、そもそも私たちはインドシナ難民ですらなかったのであるから、望みは極めて薄いと言わざるを得ない。このような望みの薄い希望に対して、苦労すら伴う代価を簡単に出せる者はいないだろう。これは人情の常であり、そうした情況で妻女を連れて難民収容所で入牢者まがいの生活をするなど、考えただけでも恐ろしいことなのかもしれなかった。

 だから、夫は難民収容所へ行こうとは思わなかったのだが、それには彼なりに十分な理由があったわけである。

 だがその後も、この霊験は私につきまとい続け、やがて、日頃の寝食さえ困難にしていった。

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