シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 癩蛤蟆精(イボガエルの精)(3)

 
 「それで、私たちにも災難がおよぶ。そうでしょう?」私は不安に駆られて思わず聞いた。
 高おばさんは、しばらく呆然と塀の角を眺めながら、ビンロウの実を噛み続けていたが、小さな声で「実は私でもはっきりとしないところがあって、何とも言えないんですけど…。でも、このイボガエルはあなたの家に現れて、それから抽出したわけですから、おそらくあなたの家の人だけがそうした霊験にあやかれるのではないでしょうかね」と言った。

 「イボガエルなんて、もともと縁起の悪い生き物だわ。きっといいことよりも悪いことを運んでくる。もう。高おばさん、なんで私に見せるなんて言うのよ」私はにわかに後悔の念が沸いてきて、筋が通っていないことはわかっていたが、少し恨みがましく言ってしまった。

 「先生、私を責めてどうなるんですか。人生の出来事はもともと運命で決まっているんです。あなたが見ないとしても、起きることは起きるべくして起こるんです」高おばさんは、私が悔やんでいるので少し不愉快な様子で言った。「いいですか、心の準備さえあれば、きっと大丈夫です。それに、私が思うにこんな機会は滅多にあるもんじゃありません。なので、見てもらおうと思ったんですよ」
 「でも、これ、この術を解く方法はないのかしら」
 「すべてを悟ってその経験に向き合うしかないでしょう。でも、ですよ、実は私もあまりよく知らないことがあるんです」高おばさんは少々口ごもったように話すと、洗濯待ちの汚れた衣服を持って起ち上がると、そそくさと門から出て行ってしまった。「先生。あなたは学問のある人だから、きっとうまい具合にいきますよ」だが、この言葉は明らかにただ私を慰めているだけだったと思う。

 高おばさんは遠ざかっていく。

 私は少々慌てながらテーブルの脇に腰掛けている。心の中ではどんよりと沈み始めているのがわかる。
 ちょうど心が乱れて自分自身煩わしくなってきたときであった。一人の同僚が一緒に散歩に行こうと私を誘いに来た。

 門を出る。雲間から光が漏れ、空は満天の紅に染まっている。雨が上がったあとの緑の山々は格別の美しさである。バーンヒンテークという、この桃源郷にも似た高山の小さな盆地はまったくいつもどおりで、静謐であり、また平和である。

 私は自分のばかばかしさを思わずにはいられなくなってきたのであった。結局のところ、どうしてこんなことを信じて怯えているのであろうか。こんなもの、一人の無知蒙昧なシャン人のお婆さんがでたらめなことを言っているだけではないか。それに振り回されて困惑したり不安を覚えたり、まったくいい笑いものではないか。

 散歩の道すがら、その同僚は心中の憂いごとやら心配事やらを一人で延々と喋り続けている。彼女は一人の男性教師に夢中になっているのであった。だが、その男性教師は彼女の熱い思いに対してまったくと言っていいほどに感心がなく無反応なので、彼女は片思いの耐えがたい苦労を味わっているのであった。

 こうした問題には、局外にいる人間には何の手の打ちようもないものである。

 彼女にしても、誰かに助けてもらおうとは思っていないのであろう。ただ、自分の心中を切々と語り続けても倦むことなく聞いてくれる聴衆が必要なのだけであったに違いない。

 私たちがゆっくりと歩いて行くと、一本の静かな細道に入っていった。この細道は山に沿って開かれていて、人通りがほとんどない。片側は人の高さほどもある灌木か、あるいはタモの木が生い茂っている。反対側はただの山壁である。

 さらに歩いて、私は比較的太く大きく育ち、小径の上の方にまで枝を伸ばしているタモの木を見た。人差し指ほどの太さで、長さは二尺ほど、頭のてっぺんからしっぽの先まで雪のように真っ白な蛇が、枝の上にいる。その小さな白蛇の身体には、五本の黒い直線がまっすぐに伸びていて、その直線は互いにきれいな等間隔に並んでいる。このとても細くて黒い線が、この蛇の浮世離れした美しさと際立ち、しかも、この蛇の目は火の如きに赤い。思わず眼を奪われるほどの美しさである。

 この白蛇は枝の上にのうのうと居座って、しずかに紫色の舌を出し入れしている。

 私はこの蛇の頭が三角型になっているのにすぐ気付いた。これは、この蛇が猛毒を持っているということを表しているのだ。

 だが、この純白の全身、数本のきめ細やかな黒い線、火の色にも通じるかと思える赤い眼。たとえ、人間から見て憎たらしい紫の舌をぺろぺろさせていたとしても、とても珍しく美しいものであることは間違いない。その柔らかい質感、優雅な趣、その純潔な様子が、特にそう思わせるのである。この蛇の内側に凶悪な猛毒が潜んでいることを思わず忘れさせる。実に、私はこのように美しい蛇を未だかつて見たことがないのである。

 私は思わずこの蛇に呆然と見とれていた。それが蛇であること、それも毒蛇であることなど、すっかり忘れてしまっていた。
 「あらまあ、あんなところに蛇がいるわよ。まったく!」私の同僚は驚いてそう言うと、私の手を引いて走って逃げようとした。


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