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シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 【琵琶鬼(精霊ピー・プー)5最終回】

 
 他にも当地の人が「|邋遢《ラーター》鬼」と呼ぶ別の幽霊がいる。邋遢鬼が取り憑く相手はいつも決まって七歳以下の子供である。話では、この邋遢鬼は真夜中に出現し、箒のような光の束となって天窓から民家に入り込み、子供の顔を舐め、そして血液を吸うという。子供は日を追うごとに痩せ細ってゆき、回復することなく死にゆくのである。

 メーサロンに寄せ豆腐を売る一人の人妻がいたのだが、彼女の七歳になる息子は干からびたように痩せていた。彼女はいつも、この黄色く痩せ細って年を経るごとに覇気を失ってゆくこの子を連れて、寄せ豆腐を売っていた。私は彼女に山を下りてこの子を医者に診せるように勧めたし、漢方でいうところの癇癪の気が見られるので、香港から送られてきた「|鷓鴣菜《ジューグーツァイ》(※赤紫色の海藻で、回虫の駆除などに用いる)」を差し入れていた。その人妻が言うところによれば、鷓鴣菜はすでにたくさん食べさせたし、山を下りて医者にも診せたし、医者は何の病気もないと言っている。さらに、法師を呼んで占ったところ、この子供は邋遢鬼に取り憑かれているというのであった。その子供はほどなくしてこの世を去ったが、死亡したその日の早朝、その人妻が蚊帳を取り払うと、吸血蝙蝠が顔に飛びつくように飛び上がり、そして天窓から逃げていったという。多くの人が言っていたが、その夜半、箒状の光の束が彼らの家の屋根に飛んできて、そのあとすっと消えたらしい。

 当地の人々はみな禁忌としているのは、もしも亡くなった子供が残した衣服が突然出てきたりしたら、それがたとえどんなに上等なものであっても必ず捨てなければならず、二度と着てはならないということだ。なぜなら、なくなったのも出てきたのも神がかり的な衣服は、邪悪な人間が持ち去って手足を入れられた可能性が高いからだ。毎日、陽が落ちる前までに子供の衣服を家の外に晒しておき、邋遢鬼が入ってこないようにするのである。

 また、例えばもし外出中に、路上に捨てられた布地、銀銭、衣服、あるいは怪しい小物などがあったとしたら、これを持ち去ることがあってはならない。なぜならそれは、邋遢鬼に持って行かせるために棄て置いてあるもので、誰かがそれを持ち去れば、こんどは邋遢鬼がその者に取り憑くからである。

 ほかにも、女子は他人の櫛を勝手に使って髪を梳いてはならないという禁忌もある。琵琶鬼を放つ者の多くは、こうした自分の怪しげな「異能」を痛く恨んでいる。そして、これを断ち切る上手い方法はなかなか見つからないが、実は身代わりを捜すという手が残されている。そして、こうした「異能」を身代わりになる他者に媒介するものとして最も適しているのが、ほかでもないこの櫛なのである。

 また、琵琶鬼を祓い除ける方法もあるらしい。それは、家財道具一式を抛って、まったく誰も知らない遠くの土地で暮らしていくことである。タイとビルマでは、荒れるままに任せて草ぼうぼうになっている廃屋を見かけることがよくある。廃屋の中には家財道具がそのままひととおり揃っているが、だが誰も中に入って住もうとはしない。それは他人が琵琶鬼を打ち棄てるために捨て置いたものだからである。何者かがそこに入り込んで住むならば、その者はそのままその琵琶鬼が取り憑く宿主になってしまうというわけだ。

 ごく当たり前のシャン人の村落にはお寺があって、さらにお寺には和尚がいて、お坊様などと呼ばれていることが多い。お坊様は魔物を退治したり悪霊を祓い除けるだけでなく、彼ら自身も霊力を放ってそうした魔物や悪霊に報復したり、あるいは彼らの仇敵を討ったりする。

 この霊が琵琶鬼と異なる点は、呪詛によって敵を制するところにある。かつて、広東雲南軍で旅団長を務めた|丁立民《ディンリーミン》将軍は、サルウィン河沿いにあるマンドンという町で、知らないうちにビルマ寺のお坊様に恨みを買ってしまい、この種の霊にやられてしまった。事の起こりは眼も開けられないほどの激しい頭痛から始まったのであった。医学では手の施しようもないところまでいって、仕方なく年老いた和尚を呼んでみてもらったのだが、そこで初めてビルマ寺のお坊様がそうした霊を放って、それが霊障を起こしていることがやっと判明したのであった。そして分けてもらった聖水で眼を洗うと、右眼から金色に光輝く小さな細長い虫が出てきたが、それでもあえなく失明してしまった。ほどなくして、そう、それもたしか一月も経たないうちに、重い病を得て死んでしまったのである。彼が埋葬されたその日の夜、その遺体は地元の土人に頭を切り落とされて持ち去られ、祭壇に供えられたという。

 一説によると、このような妖術は、百里より遠く離れた場所にいる相手に対しても法力を通じさせることができるという。この世には意外なことが度々起こるもので、こうした事柄は人々を困惑させるにじゅうぶんなのである。

 多くの村のお坊様たちは、雨乞いを行って雨を降らせたりする法力を持っているため、神聖な存在として人々から畏れ崇められている反面、なかには自己の利益のためにそうした権能を悪用する生臭坊主もいるといわれる。若くて美しいシャン人の女性たちは、村の寺にいるお坊様が行う占いなど、こうした神がかり的な権威によって、自分に琵琶鬼が宿っていると見破られることを恐れている。むしろ彼女たちはそうしたことになるぐらいなら、こうしたお坊様の淫欲の為すがままに身をゆだねてしまう方を選ぶ。もしその気持ちに逆らって、この女は琵琶鬼を放つ妖人妖女であると指摘されてしまえば、その後の彼女らの人生は悲惨なものとなることは必定だ。こうした出来事は当地の文明が未開であって、無知蒙昧がまかり通る固陋な習慣によって起こる、暗く残酷な出来事なのであろう。

 こうした人には言えないような悪質な行いについては、私ですら多くは眉唾ものであると考えている。だが、妖人妖女と決めつけられた人のうち、少なくない人数が、濡れ衣や誣告によって陥れられた何ら瑕疵のない人々であることも確かだ。さらには、こうした常識や科学で説明できないような怪現象については、たしかに当地の人々が言うように「遅れた地域は陰気で重苦しく、それ故、邪霊が簡単に跋扈してしまう」という説明しかできないように思うのだが、みなさんはどうだろう。(琵琶鬼 完)

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