シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 【琵琶鬼(精霊ピー・プー)4】

 
 そう遠くない昔や、今日の非常に遅れた部落などでは、人々はこうした琵琶鬼を放つという邪な妖術を遣う者を生きたまま焼き殺したりしたそうだ。いろいろと聞かされたうちでも最も驚かされたのは、大きな麻袋に詰め込み、沸騰した湯で生きたまま茹で殺すというものであった。

 人々の間に遍く広がる琵琶鬼を放つ者に対する憎悪や嫌悪が、このように邪な妖術を使う者の好き勝手にはさせないようにしているともいえる。したがい、彼らは自らを束縛するかのように、こうした行いをしないよう慎ましく暮らしている。だがもし心中に邪悪な念が生じ、何者かに害を為すこうしたおこないが抑えきれなくなったときは、一人こっそりと琵琶鬼を放つのだ。

 タイやビルマでは、もし他人の家と親密な行き来があったとしても、絶対に詮索したり窺い知ろうとしてはならない。とくに、彼らの祭壇や家屋の薄暗い一角にこっそりと置かれている怪しい置物などがとくにそうである。こうした「異能」を持つ家人の存在や行いを探っているかのように疑われることを避けるためである。

 また、こうした者自らが自らを抑制する方法もあって、それは、一度供えられた鮮血を毎日啜り飲むことである。ちなみに、これは、鮮血でさえあれば、鶏の血、豚の血、アヒルの血、牛の血、何でもよいのである。

 以前、あるシャン人の家に米を分けてもらいに行ったときのことだが、私は不意に鬱々と暗く澱んだ部屋に入ってしまったことがある。そして、彼らの祭壇に一皿の鮮血が供えられていたのをうっかり眼にしてしまった。妖しい魅力を放つその家のうら若きシャン人女性は、私の視線から遮るかのように、慌ててその皿に入った鮮血を別の部屋へ持ち去った。彼女が戻ってくると、唇は紅く潤み、頬は紅潮していて、心なしか先ほどよりも溌剌としていたようだった。私は当地の禁忌をよく知っており、以前から人のうわさ話に関わったことがなかったので、人間関係は悪くなかった。そのシャン人女性も、私がこうした噂を言いふらしたりすることがない人間であると知っている。そして、米を計量するときには、桶の上に溢れんばかりに小高く米を入れてくれた上、さらに餅を何個かおまけしてくれたのだが、これは、お互いに口に出さなくてもわかる「口止め料」であったに違いない。

 私たちの家の近所に、牛の屠殺と牛肉の販売を生業とするシャン人の一家が住んでいた。ある日私が牛肉を買いに行ったときに、奇怪な出来事を眼にしてしまった。そのシャン人はいつも中庭で牛を締めるのだが、人々は新鮮でいい部位を買い求めようと、肉が市場に出てくるまで待たずに、この家へ直接買いに来るのであった。たしか、昼過ぎであったと思うが、牛肉を買いに来る人がそれほど多くない頃合いだった。牛の血が大盆になみなみと盛られていたが、一人のシャン人女性が遠くの方からやってきた。彼女は牛の血の臭いを嗅ぎつけたのか、狂ったように敷地に飛び込んできて、その大盆を抱え込んだかと思うやいなや、首を突っ込むような仕草で猛烈な勢いでその牛の血を飲み始めた。彼女は牛の血をごくごくと豪快に飲み干すと、それで満足したらしく、面を上げた。ちょうどそのとき、驚きの眼差しで彼女を見つめていた私たちに気付き、失態をごまかすかのように慌ててその場を走り去ったのであった。

 話によれば、これは彼女たち自身が鮮血を欲しているのではなく、彼女たちの体内に巣くう琵琶鬼が欲しているというのである。

 では、もし鮮血を啜り飲まなければ、琵琶鬼が出てきて祟るのであろうか。

 会う人ごとに言うことが異なり、決して結論が出ることのないこうした事柄を語りはじめるとき、私はいつも困惑しながら思うのであった。そうした邪な人間の体内には本当に琵琶鬼が潜んでいて、それ故、鮮血を啜り飲むのであろうか。それとも、琵琶鬼を持っていると他人から言われているような人間は、たとえばみながそう思い込んでいるように、もし、鮮血を啜り飲まずにいて本当に化けの皮が剥がれて正体が現れると、やはり鮮血を啜り飲むのであろうか。私はまだこうした異能を持つとされる人に直接尋ねたことがないので、詰まるところどうなのか、真実を知るよしもないのであった。

 当地ではさらにもう一つ、とても恐ろしい話が相当広く伝わっている。私が見たわけではないのだが、非常に興味深い話なので紹介しよう。

 一説によれば、琵琶鬼を放つ人間から放たれた霊は、よく猿、鼠、黒猫、コウモリに化けることがあるといわれている。だが、毎日祭壇にお供えした肉をこうして化けた動物に食べさせておけば、琵琶鬼は好き勝手に出てきて祟ることはないという。また、他にも化身となる生き物があるが、それらは毒蛇、ムカデ、サソリ、ヒキガエル、あるいは毒蜘蛛などだ。漬物の甕の中に入れるなどして、人から見えないように隠しながらえさを与えて養うのである。これがこの物語の冒頭で述べた、「誰々が幽霊を養っている」という話である。そしてもしその幽霊が死ねば、幽霊を養っている者もまた死んでしまうのだ。

 おそらくタイとビルマで最も広く伝わっている伝説は、一人のシャン人老女が瓶の中に蛇に化けた霊を飼っていたという話である。幽霊を養う、または、幽霊が棲んでいる人間は、家族といえども他人にそれを知られてはならない。そしてあるとき、彼女の息子が甕の蓋を開けると、いきなり蛇が出てきたので、息子はその蛇に熱湯を掛けて殺してしまったのであった。その老女は何里も離れた場所にいながら、皮は裂けて肉が綻び、そう、まるで、熱湯を掛けられて火傷を負った人間のように死んでいったのであった。


琵琶鬼(精霊ピー・プー)(5)最終回 へ続く




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