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シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 【琵琶鬼(精霊ピー・プー)2】

 
 私たちのように、文化大革命という造反の空気を吸って育ってきた人間は、かつて一度は、「天を恐れず、地をも恐れずだぞ」と、みっちり叩き込まれている。そのため、こうした琵琶鬼のような怪奇なものを信じる気持ちは自然となくなっていたのであった。だが、文革も後期になり、私たちが昆明から中緬国境に位置する瑞麗県に下放され、シャン人たちと生活を共にしたり、その他いろいろな名目で多くの少数民族たちと接触するようになると、こうした「ことがら」に対する理解は日々深まっていく。「迷信を信じない」という観念は、無数に起きた、度重なる偶然の出来事のなかで揺らぎ始める。やがては信念に疑いを抱き、そしてそれは解けることがないばかりか、終いには動揺するに到るのである。

 あるいは、霊異を研究している人や、自身が霊に通じる能力を持っている人ならば、こうした現象をしっかりと説明できるのかもしれないが、私は自分の耳で聞き、この眼で見たものをもって、伝えていきたいと思うのだ。

 私たちが瑞麗県に下放されたあと、シャン人が住むモンウー鎮に配属された。私たち内地からやってきた漢族の知識青年に対する、この集落のシャン人たちの好奇心は大変なもので、いつも三々五々と集まってきては、私たちの所に遊びに来るのであった。シャン人の少女たちは、私たちが昆明から持ってきたクリーム、髪挟み、ハンカチ、スカーフなどひととおりの小物たちを羨ましがっていたようで、彼女たちの褒め言葉と詮索に耐えきれず、私たちもこうした小物を次第に彼女たちへ贈るようになっていった。

 私は青色が眼に眩しいウールのスカーフを持っていた。兄が上海へ行ったときに買ってきてくれたものだ。シエンという名の一人のシャン人の少女が、このウールのスカーフをことのほか欲しがっている様子で、私はいつも彼女にこのスカーフを贈るべきか否か逡巡していたのだが、それは、いつも級友によって堅く止められていた。

 ある日のこと、例によってシエンがやってきた。そしてまたしてもこのスカーフのことを話題にしたので、煩わしさに耐えきれなくなった私は、ついにこのスカーフを彼女に贈ることに決めたのであった。だが一人の男がこの情況についに耐えきれなくなったのか、表情を険しくしたかと思うと、大声の中国語で罵り始めた。シエンは怯えながら目をむいている。数秒のあいだ萎縮して恨むように彼を見つめたあと、憤りを含んだ涙とともに、くるりと振り返ると、そのまま帰って行ったのだった。

 一方、その男の方はまだ憤りが収まりきらないのか、さらに大声でシャン人のこざかしいたかりのひどさを罵り続けていた。罵りに罵り続けていたが、突然頭が割れんばかりの頭痛に襲われた。続いて両唇が大きく腫れ上がったかと思うと、こんどは舌までが大きくなって、口が塞がってしまい、声を出すこともできなくなってしまった。さらに、歯茎をはじめ、口の中全体に激痛が走り、もごもごと声にならない声でがむしゃらに叫んでいたのであった。

 私たちは仰天した。彼がいったいどんな恐ろしい病気にかかったのかすら、まるで見当が付かないので、ただ慌てて裸足の医者、つまり、人民公社の衛生員に来てもらおうと彼を呼びに行ったのだ。人民公社の衛生員もまた、昆明から下放されてこの地に来ていて、すでにこの地で五、六年この仕事に従事していたが、彼はこの男の体温と脈を測り、発病の経緯を聞くと、「注射も薬も要りませんよ。シエンが欲しがっているものをさっさと彼女に差し上げてしまいなさい。きっとすぐによくなりますよ」こう、あっさりと言ってのけたのであった。

 そして、彼は事のついでにと、シエンが琵琶鬼を放つ女であることを語りはじめた。

 私たちは昆明から到着したばかりであり、まだまだ世の中の複雑さなどこれっぽちも知らない年齢であったから、その話を聞いても、「そんな馬鹿な」とみんな鼻で笑っていたし、この文明教育を受けてきたはずの衛生員が、蛮民に同化されて、このような迷信をすっかり信じるまでに到ったことに対して憐憫の情すら抱いた。

 衛生員は私たちと議論することに倦み、または「迷信を宣伝する者」とのレッテルを貼られることを恐れてか、消炎鎮痛剤をひととおり置くと、すぐにその場を去っていった。

 結局その男は薬を飲んだのだが、それでもその痛みは堪えきれないほどになっている。その上、両頬までが大きく膨れてきて、その頭はまるでバスケットボールのように腫れ上がってしまっていた。ずっといままで剽悍かつ頑強な彼だったのだが、いまではベッドの上で転げ回って悲しい声を上げている。私たちは死にそうなほどに焦った。彼を県城の医院に連れて行って一刻も早く治療を受けさせなければならない。

 ちょうどそのとき、人民公社のシャン人の社長がやってきて、私たちに、誰か悪いことをした者はいないかと尋ねたので、私たちはウールのスカーフのいきさつを説明した。

 シャン人の社長は簡単かつ明瞭に言った。「だったら、そのスカーフをシエンにあげてしまえばいいのだ。彼の痛みはすぐに引くはずだ!」

 私がそのスカーフを取り出してきて、まさに出掛けようとしたときだった。その男はまだ力を振り絞って抵抗し続けている。身体を起こして、荒々しくそのスカーフを奪い取ると、ぐちゃぐちゃに丸めた。つまり、彼はこれを火の中に投じて燃やしてしまおうというのであった。

 その刹那、彼が叫び声を上げたかと思うと、地面に転げ落ちた。突然のことで何が起こっているのかさっぱりわからない。まるで知覚すら失われているかのようだった。

 シャン人の社長はシャン語で彼に向かって叫ぶように呼びかけた。「シエン!シエン!お前はいったい何が欲しいのか?」

 なぜかその男はシャン語を話し出した。しかも、まるで女性のような柔らかい声色で答えたのだ。「私はあの青空のように真っ青なウールのスカーフが欲しいの…」それはなんと、完全にシエンの声であった。そもそもその男はシャン語を一言も喋れない。それに、彼は荒々しい男であって、このように女の声音で話したりすることは、それがたとえふりであったとしても、絶対にそんなことはできないのである。

 この様子を見ていた私たちは、思わず全身の毛穴という毛穴がぎゅっと引き締まり、骨の髄から震えがきた。みなで顔を見合わせるが、誰の口からも一言の言葉さえ出てこない。

 別のもう一人の男が、慌ただしくそのスカーフを手にすると、シエンのところへ届けるべく、一目散に駆けて出て行った。

 するとどうだろう。不思議だったことは、シエンはそれまで彼女の竹楼で気を失っていたのに、そのスカーフが彼女の身体の上に置かれるやいなや、彼女はすぐに目を覚ましたことである。

 そしてその男もまた同時に、甦るように目を醒ました。頭と顔の腫れと痛みは神の如き速さで消え去っていた。彼とシエンの二人はともにすっかり体力を失っていて、まるで大病を患った者が、やっとのことでわずかに快方に向かったかのような具合なのであった。

 以後、私たちには、シエンに声を掛けようという勇気は二度と起こらなかったし、この琵琶鬼の一件ですっかり学んだので、知ったかぶりなどはもうあり得ないのであった。


琵琶鬼(精霊ピー・プー)(3)へ続く




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