シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 【琵琶鬼(精霊ピー・プー)1】

 
 およそタイとビルマの国境地帯に住んだことがある人ならば、この琵琶鬼を知らない者はいないに違いない。では琵琶鬼とはいったい何か。実のところ、私自身も十分理解した上で、はっきりと説明することはできないのだが、私はさまざまなことを眼にしてきたので、今までずっと、その存在を否定できないでいる。(※訳注、中国語の「鬼」は幽霊、精霊を指す)

 大陸では小さい頃から無神論の教育を受け、その後この大都会、台北という文明世界にたどり着いた今でさえも、そうした奇怪な事どもを思い出すことがある。だが、じっくり考えてみても依然としてすっきりとしないので、ただ困惑と不可思議な気持ちに囚われてしまうのである。

 この琵琶鬼、実は、中国語の音で無理矢理表記したものだ。タイ語やシャン語の正確な発音では「ピー・プー」となる。

 私たちが幽霊というとき、それはみな、人間の死後、霊魂が変化して出てくるものとされている。だがこの琵琶鬼は、生きた人間の身体から遊離して浮き出てくるものとされているのである。タイ、ビルマから雲南の辺境あたりの土地では、もし、ある者がこの琵琶鬼を放っているとされたなら、当地の人々は恨むように「誰々は幽霊を放出している」あるいは「誰々は悪さをしている」などと言うのである。

 この「悪さ」という言い方はとても言い得て妙な表現で、悪さは琵琶鬼の振る舞いの一つである。さらに、人々を震え上がらせる他の言い方としては、「誰々が幽霊を育てている」などとも言うのである。

 一般に、琵琶鬼を放っていると言われるのは、うら若く美しいシャン人の女性が多いとされていて、すでに結婚している場合はさらに激しいといわれる。

 琵琶鬼を放つシャン人の女性はみな、格別に妖艶で美しい。とくに、タイビルマ国境地帯の村々では、シャン人の女性は夜な夜な竹籠を担ぎ提灯を下げ、水蛇のような腰を、軽々とひねり、誘惑するかのようにしなしなと振り、夜気の薄靄の中から歩み出てくる。青々と茂った大樹の下や、十字路、川の流れに面した橋のたもとなどで、豌豆の麺やおいしい米粉などを売るのである。こぢんまりと用意された卓に腰掛ける。彼女たちがすっと伸ばす、白くてもちもちと柔らかそうな両腕、優雅ささえ感じさせる彼女たちの小料理、襟の付いていないぴったりと貼り付くような衣服と腰巻き、その裏側にあろう美しいからだと、くっきりと凹凸が顕れる妙なる曲線を眺めるのである。頭を低く垂れて香ばしく匂う小料理を味わい、ふと頭を持ち上げると、か細い声を口に溜めた、意味深な微笑みがあなたをとらえる。その媚びるような瞳があなたを斜めから眺め見ると、さっと恥ずかしそうに頭を下げる。こうした風流な挙措は、たしかにかなり人を魅了するものである。

 大まかに言って、ほとんどのシャン人女性は肌が白くて柔らかく、表情が可愛らしい。身体はほっそりとしていて、胸は大きく肩が薄い。腰は細く尻は高く突き出ている。その仕草は軽妙であり、柔らかい。だが、水の如きに情が多く、わがままで、疑い深く、嫉妬深く、吝嗇である。もっとも、その性質は怯懦で度胸がないため、彼女らは他人と正面から衝突することがあまりないが、よくわからない情況で、備えのない時に、柔らかくも陰険な手段で中傷して報復を加える。そして、こうした方法で攻めるためによく勝ちを制することがある。さらに、民族性ともいえる視野の狭さ、先を見通す能力の欠如、貞操の軽視。シャン人女性が、こうした妖艶で蠱惑的な流儀の持ち主と思われているのも、当たり前と言えば当たり前なのである。

 シャン人女性の他に、リス族の女性と地元で生まれ育った漢族女性もまた、琵琶鬼を放つ者がいる。また、数はそう多くないのだが、ある男たちも、こうした特殊な能力を持っているのである。

 琵琶鬼は通常、活きた人間から立ち上って遊離して出てくる。私が思うに、これは中国人がよく言う「走神(注意力や集中力などの気)」のようなものではないかと思うのだ。人間が生きながらに具備している、霊気、いわゆる精神のようなものが死後にはそれが霊魂と呼ばれるわけだが、琵琶鬼はそうした人間の精霊が身体から遊離したり蒸発したりすることなのであろう。

 私は注意深く観察したことがある。琵琶鬼を放っているといわれている人は、大抵の場合、怨恨を抱きやすく、嫉妬深く、貪婪で、復讐心に燃え、敏感で疑い深い人たちのようなのだ。こうした、激しく偏った内面の心情が彼らに憤怒をもたらすとき、精霊は体内から遊離して仇につきまとう。取り憑かれた者は激しい痛みを受け、著しく損耗させられる。だがもし、その怨恨がそれほど深くなければ、容易に溶けて消え、その痛みもすぐにさっぱりと消失する。だが、その怨恨が著しく深い場合は、人を死に至らしめることさえある。

 琵琶鬼が放たれるのも、反対に、戻ってくるのも、あるものは意識的に、またあるものは無意識的である。無意識のうちに体外に放たれて人に祟るような者は、まだ技能としては低いほうなのだが、出し入れが思いのままということになると、これはもう技能としては高い水準に達していると言わざるを得ない。


琵琶鬼(精霊ピー・プー)(2)へ続く




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