【金三角 邊区 荒城】 四十一 女流作家曾焔

四十一、女流作家曾焔
「彼女は何も分からない幼い子供二人を連れて、三つの道が交わるパーサンに住んでいる。すでにバーンヒンテークには戻れないし、メサロン(メーサロン)にも戻れない。一人の才女は寄る辺もなく彷徨っている」


タイの華人社会は、一つの大きな文化の砂漠である。そして孤軍末裔が暮らすタイ北部の難民集落群はその砂漠のさらに奥にある。しかし、この荒涼とした文化の砂漠にも奇才がいる。その奇才こそが彼女、年若い女流作家、曾焔さんである。彼女はいかなる薫陶も受けず、また、いかなる刺激もない枯れ果てた環境で黙々と成長していた。彼女は孤軍末裔たちが置かれた当時の状況と、二十世紀六○年代から今日にいたる華人、アカ族、ワ族など、タイ北部の山地に暮らす彼らの足跡を、彼女独自の筆致で描く。だが、彼女の名前はまるで聞こえてこない。だがこれは彼女にとっては別に意に介するようなことではない。彼女は祖国から栄誉を得ようとは全然考えていないし、彼女は自らの精神と労力を注ぎ込んで、彼女の心情をただひたすら綴っているだけなのである。

台北の「快楽家庭雑誌」は、彼女の「メサロン物語(メーサロン物語)」を発表したが、多くの読者の注意を引くことはなかった。メサロンとは何か、そんなことは誰も知らないのであった。読者はこの西洋の発音のような名前から、よくある「蒼白で貧血な(白人風)の異国情緒もの」と誤解しており、それがまるで天の上にいる人々の幻の物語のように思われていたので、暇を持て余しているか、お金を持っている階層の男女の注意を引いただけなのであった。しかし、「メサロン物語(メーサロン物語)」は、繁栄を謳歌する現代社会に育った人たちには理解しようのない、一種独特の風格を備えており、同時に、メサロン(メーサロン)はタイ北部の寒村であるから、異国情緒もたっぷりある。ただそれが、西洋風のロマンティックな情緒という代物とは縁遠いというだけである。曾焔さんは溢れ出る感情を注ぎ込んで、そこに住む人々の人生の、悲しみと喜び、出会いと別れを訴えている。彼女の筆致は、荒っぽく、しかし率直であり、強烈だ。そして、異域孤軍末裔と同様、彼女のどうにもならない状況をあけすけに語っている。さらに、彼女の表現手法は面白味にあふれており、|李《リーリー》(※訳注、南唐後主と呼ばれる。虚飾を排したストレートな表現が特徴)のような修辞法に似て、彼女は素描という手法を使って前へ前へと物語を押し出していく。こうした一つ一つの作品は、読者の心に深い印象を刻み込んで長くその印象を残す。異国情緒を売りにしているほとんどの作家は、この点で彼女に遠く及ばない。

彼女の作品「養子・痩馬・秋夜」では、曾焔さんは、メサロン(メーサロン)郊外の村に住む、老いて衰えていく|孫大爹《ソンダーデイエ》を描いている。彼女が彼を訪問したとき、「孫大父の養子|孫光泰《ソングアンタイ》はご飯茶碗を置いて、床板の上にうつ伏せになって、飯をこねって一つ一つ玉にして、それを床板にある小さな穴に詰めていた」それはちょうど、この子が母親に食事をあげているところなのであった。孫大父は悲しそうにこの状況を説明した。「これはワ族の習慣で、人が死ぬと自分の家の床下に埋葬し、その上から節をくりぬいた竹筒を死者の口に差し込んでおくのです。法事の日に家族が食事をするときは、食べ物をこの竹筒から入れ込んで、死者にも食べさせるのです。今日はこの子の母親が死んでからちょうど百日目に当たります」しばらくして、この養子も崖から足を滑らせて死んでしまい、さらにその後またしばらくのうちに、彼が唯一所有していた老馬もまた死んでいく。曾焔さんは「群青色の静謐な大空のもと、私は黒い何かを見た。それは一匹の死んだ老馬であったが、かつて重すぎる多くの荷物を背に載せ、今は硬直しているその体には肋骨の一本一本がくっきりと浮き出ていて、そのまま静かに地面に横たわっているのであった。頼るものもない、何の縁もない一人の四川人は、かつて背負いきれないほどの多くの苦難を背負ってきたその脊椎を弓のように曲げて、無言で秋の夜の風露のなかに一人佇み、ただ震えているのであった」と描き出す。この孫大父もまた、異域に描かれている老いて衰えた一人の孤軍兵士なのであった。彼女が描き出す文字の一つは、一つの暗い思いを描き出している。

「ジャーディーと彼女の娘」では、曾焔さんは北タイに頻繁に起こる悲劇について描く。主人公は一人のアカ族の小さな女の子であるブー。この子は小さいころに、高利貸しに追い詰められた貧しい父親によって人に売られた。ある日、彼女は犬が激しく吠えるのを聞いた。彼女は「私は仕方なく寝台から出てきて、懐中電灯を手にすると、外に光を向けた……年齢十歳ちょっとのアカ族の子供が、全身ずぶ濡れで屋外にある便所のわきで震えていた……その子供は黒く痩せ細っていて、二寸ほどのとても深い切り傷があって、すでに炎症を起こして化膿していた、……彼女が手を起こして顔を遮ったが、こんどは彼女の袖がなく、露出された肘から下の部分には、さらに多くの炎症を起こした切り傷が見える」と書いている。この文章に登場するこのアカ族の女の子は、最後には買い取った主人に捕まって連れ戻されていってしまう。彼女によると、この憐れな女の子は、その主人の手にかかって惨めな死を遂げたという。

だが、すべての作品が悲惨な物語だけということではない。「人蜂大戦」「断魂辣」などに描かれる寒村の生活には、趣きがあふれている。明らかなのは、彼女の作品は怨みつらみが織り込まれたような憐れさではなく、活発に躍動する生命の現れであり、そこには生きる実体が豊かに存在している。爽快で明るい彼女は彼女の結婚生活の痛苦についても隠し事をしない。たぶん、祖国の女流作家たちが同じような目に遭遇したら、自らの貞淑なイメージを守り通すため、たとえ死んでもこのような話を外に漏らすことはないであろう。「メサロン物語(メーサロン物語)」を読むことで、現在の孤軍たち、辺境地区、寒村などの実状を理解することができるだろう。

曾焔さんはもとはといえば、メサロン(メーサロン)の興華中学で教鞭を取っていたが、のちにバーンヒンテークの大同中学で教えた。こうしたことは、我々から見るとごくありふれた職業上の転任に過ぎないが、このタイ北部の難民集落群では、彼女が「クンサーに身を寄せた」という一つな大きなニュースになってしまう。彼女は思いも寄らなかったことは、バーンヒンテークで教える教師を一人紹介したところ、その教師が国際麻薬取締組織の密偵であると決めつけられてしまったことだ。クンサーは即座に処刑を命じたが、参謀長である張蘇泉の意見を取り入れて、とりあえず命を奪うことは避け、この男をバーンヒンテークから追放した。しかし、この一件は曾焔さんに大きな禍をもたらした。その男は彼女が紹介した人間であって、それだけでじゅうぶんであった。人類はときどき理解できないことをする。敏感になっている問題について、一度疑いを抱くと、その疑いはそのまま証拠になってしまう。とくに、権力を持った人がそうした誤解をしてしまったときには、腹の底から説明しても、証拠を持ってきても、それは変えることができない。クンサー武装集団の師団長でもある大同中学の理事長は、彼女を怒鳴り散らして放校処分とした。そして、彼女が職を解かれてしばらくして、第二次阿片戦争が勃発したのである。同僚でもあった彼女のご主人は、丘の上で銃弾に当たって斃れた。タイ政府はこれがクンサーの部下が手を下したものだと公表し、クンサーの側は、タイの手によるものと主張し続けている。バーンヒンテークの戒厳が解かれて彼女が夫の死体を引き取ろうとしたとき、死体はすでに腐乱していたので、仕方なくその丘の上に埋葬した。私と妻はかつてその丘に行き彼を弔ったが、とても複雑な心境なのであった。

わたしはメサロン全村(メーサロン)を震撼させるような高い値で一人のガイドを雇い入れて、あちこちの村落を訪ね回り、曾焔さんを探し回ったのであった。我々は彼女と顔見知りではないが、彼女の才能が気に入っていた。やがて、チェンライから北へ三十キロの国道の三叉路にあるパーサンで、二人のなにもわからないような女の子と、何に頼ることもできないなかで孤独に苦労して暮らしている彼女をなんとか見つけ出したのだった。彼女はバーンヒンテークにもメサロン(メーサロン)にも戻ることができない。彼女は悲しそうに言った「私が何かひどいことをしたというわけでもないのに、どうしてこんなことになってしまったんでしょう」私は彼女の困惑に対する答えを持っていない。一人の才女は、|朱淑眞《チューシューチェン》(※訳注、北宋末から南宋初にかけて生きた女流詩人)のように虐げられ、辱められ、見るに耐えない状況だ。そして現在、この奇才は台北で発表する作品のわずかな原稿料で、母子の家庭を支えている。

私がタイ北部を訪れることを決めたとき、彼女は私の胸の内では切り札の一枚であった。少なくとも、彼女の見聞について私に語ってくれると思っていたのだが、彼女の口は閉じた瓶のように固く、バーンヒンテークで発生したいかなる事件についても、あえて一言も話そうとはしなかった。これについて彼女を責めることはできない。バーンヒンテークの戦火を逃れて、メサロン(メーサロン)に避難していた、七、八歳から十二歳ぐらいの年齢の小さな子供たちを私が訪ね、話が「張家(クンサー)」におよんだ途端、みな即座に口をきりっと結び、表情には驚きと恐れが現れた。私は充分理解しているつもりだ。それは、彼女の未来に対する憂慮の現れなのである。




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