【金三角 邊区 荒城】 十八 危険な趨勢

十八、危険な趨勢
「麻薬王朝が輸出港を必要としている以上、ある日バーンヒンテークがタイ軍の手に落ちれば、またある日、新しい別な戦争が始まるであろう」


クンサーの去就については、ビルマの武官がこの様な見方をとっているだけではなかった。「異域」孤軍の第五軍軍長、|雷雨田《レイユーティェン》将軍もまた、憂慮を同じくしていた。戦闘が始まってすぐに、彼はタイ国軍統帥部にメモランダムを提出し、こうした可能性について注意を促していた。雷将軍の分析は、こうである。「一旦こうした状況が出現すると、ビルマ共産党は流砂の如くタイに流れ込み、そして、タイ共産党とともに、内外の両面からタイを埋葬することでありましょう」

タイ北部に延々と長く続くタイビルマ国境線上には、華人系のさまざまな武装部隊が存在していて、さながらそれは鋼鉄の長城のようにビルマ共産党、ラオス共産党、タイ共産党の三者を隔離していた。「異域」孤軍と孤軍たちの新世代はその中でも主要な兵力であった。クンサーの「シャン州革命軍」もまた、その中で重要な役を演じていた。もしクンサーがビルマ共産党あるいはタイ共産党と合作すれば、バーンヒンテークのあたりは、東西に渡って幅三十キロメートルの「何ら阻むものがない巨大な抜け穴」となってしまう。「異域」孤軍の防衛線はラオス国境地帯まで連綿と延びており、その中央が切断されることになれば、それによって全防衛線が崩壊してしまうだろう。

これは極めて厳しい情勢であり、タイ政府を足踏みさせるのに十分であった。

クンサーとその智謀豊富な参謀、張蘇泉は、当然、彼らの手中にあるこの切り札をよくわきまえていたのである。それゆえ、タイ政府の賑やかな宣伝が花を散らすように終わると、彼は対等な立場で強硬な条件を出してきたのである。もちろん、タイ陸軍総指令の「自首」は求めていないが、タイ政府に対して、公開の場における謝罪と、損失の賠償、さらに、バーンヒンテークからのタイ軍撤退を要求した。タイ政府にしてもこのような条件を受け入れることはできないのは当然であった。しかし、強く拒否することもしにくい。唯一の対処法は、外界に対して何もなかったかのように振る舞うことであった。同時に、先手を打ってクンサー部隊はすでにタイから追い出された、戦争は円満に解決したと宣言してしまうことであった。

今日、外見上は戦闘はたしかに終結している。だが、バーンヒンテークは一つの結び目のようになった。第一次大戦前、バルカンは欧州の火薬庫と呼ばれていた。このタイビルマ国境にぶら下がったバーンヒンテークは、まさしくビルマ、タイ両国の命運を掌握していたのである。クンサーの副官が言う。「我々は一つの村落があればいい。シャン州革命軍は、補給基地なしでは存続できないのだ」バーンヒンテークを失い、山また山の密林の中の「シャン州革命軍」は大海を漂う無数の丸木舟のようであり、永遠に岸に辿り着けないのであれば、彼らは最後には生きるだけ生き延びて、あとは餓死するだけである。それゆえ、ただ単にバーンヒンテークがタイ政府の手中にあるというだけで、我々は時限爆弾が発するチクタクチクタクという身の毛もよだつ音を聞き続けなければならないのである。いまのところ、タイ軍が撤収していく様子は見られない。しかし、タイ北部の友人たちはみなタイ軍はいずれ撤退することになると予測している。ならば、つまりそれは戦場最後の音符である。もし撤退しないのであれば、クンサーは能動的に戻って来ようとするだろう。もし戻って来られないのであれば、きっともう一つ別な中継基地を建設するはずである。しかし、このあたりは、山が林立し、しかも勢力範囲はとっくに固定されている。彼らはみな、武力でこの勢力を手に入れたのである。凶暴さでは人後に落ちないクンサーの部隊がそうした彼らの地盤を奪うとすれば、それはそのまま彼らの生命を奪うことと同じである。さらに、奪い取ったとしてもそれはあとに続く災難の始まりに過ぎないのであって、たとえ強盗の根拠地でも、平和と安全は必要であり、そうして初めて生活したり休息したり貿易を行うことができるのである。誰かの客人だろうが主人だろうが、偶然暗殺されるなどして、一旦どちらかが復讐を始めれば、もうそれだけで死の集落になってしまうのである。

シャン州革命軍がビルマ共産党やタイ共産党を頼るという言い方に対して、クンサーの重要な副官は、それは悪意ある誹謗であると考えている。彼らの構成員はみなおしなべて強硬な「反共主義者」である。むしろ、共産党と国際麻薬取締り組織は同じ穴の狢であるぐらいに見做しているのか、彼らを見付ければ即座に消してしまう。こうなると、読者のみなさんも、いかなる解決法もない局面のように感じられていることであろう。内心では、疑問符が沸いてくるはずだ。なぜ「反共」と「麻薬密売」が一緒になるのか?なぜ、とある人間が一旦麻薬密売ができなくなると反共ではなくなるのか?これはブラックユーモアではないか?それとも実情か?こうした風説は、我々に突然投げかけられるのである。私自身、クンサーがビルマ共産党やタイ共産党と共闘するなどとはとても信じられないし、さらに、ビルマ共産党とタイ共産党が麻薬密売で鳴らしたクンサーと、長期に渡って、ともに一体でありつづけることなど、さらに信じられない。ビルマ共産党やタイ共産党との共闘など、クンサーに言わせれば悲惨な結末のさらに悲惨な結末というべきであろう。しかし、形勢は個人の意志より強い。単なる反共に始まり、やがて狂信的な反共に至ったヒトラーですら、百八十度転換して、一夜にしてソ連と親密な戦友になった例もある。クンサーにしても、聡明さと力量において、ともにビルマ共産党やタイ共産党を上回っていると考えているに違いない。だがしばらくは、彼らが手を握ることを妨げる何者も存在していない。タイ政府が恐れ慄いているのは、まさしくこの一点に尽きる。

今のところバーンヒンテークは、静かなること水の如しという感じである。街頭に屯する黒豹兵団を除き、それ以外は往時のままで、ただ、何棟かの家が燃え落ちただけである。瓦礫の前にたたずんでいると、一人の幼児がよちよちと歩いてくるのが見える。村人達が教えてくれた。この子は一発の銃弾に両親を奪われたという。その一発の銃弾は、夫の心臓を撃ち抜いて突き抜け、そしてそのまま妻の心臓に当たって死んだという。この子を養ってくれる人がいるのか、私は尋ねることができなかった。恐れたのは「いない」という答えを聞くことであった。この子に追いついて前に出て、この子のために一枚撮影した。村人達は私を注視している。私にはわかる。このうちの誰が、中に紛れ込んでいるシャン州革命軍の私服の兵士であるか。私には見出すことができるのだ。またこれは明らかな対称をなしているといえるが、黒豹兵団は私という外国人に対して、まるで無関心なのであった。クンサーの副官が私を接見したあの空き家は、私のすぐ後ろにあった。古くなったゴムサンダルを履いて、シャツのボタンを全部外して胸をはだけて、さらにその周囲には同じような身なりをした壮漢が囲んでいるこの重要人物。事実上、タイ軍の一挙一動は、すべて彼の監視下にあったのである。

私がバーンヒンテーク(世間に広く名を知られたこの麻薬の巣窟の首府)に別れを告げるとき、あの副官がやってきて握手を求めてきて、よく通る声で言った。「あなたには正義を守ってもらいたい」そして振り向いてさらに引率のガイドに言った。「では、この件はお前に引き継ぐからな」これが私がバーンヒンテークを去るときに聞いた最後にしてもっとも重要な一言であった。私はこの言葉に、心も筆も、同じようにとても重くなっていくのを感じていた。




関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ
Facebook Page
検索フォーム
ブログ記事一覧
プロフィール

deguchik

Author:deguchik
中国語で書かれた作品から、北タイやビルマ(ミャンマー)シャン州、黄金の三角地帯(ゴールデントライアングル)の歴史や風物を読み解いていきます。
個人のFACEBOOKページ
このサイトのFACEBOOKページ

Contact/ご連絡

Your name/お名前:
Your E-mail/メール:
Subject/件名:
Message/本文:

RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR