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【金三角 邊区 荒城】 十七 落としどころ

十七、落としどころ
「タイ政府は一度大きく虚勢を張って、あとは何事もなかったかのようにしているが、そこには隠された一面と厳しい一面の苦しみがある」

一千万個の異なる鍵があったとしても、門を開けられるのはそのうちのたった一つだけである。もし我々がタイにおける今回の「麻薬王」を「征伐」するという戦いが、クンサーによる過度の暴力が引き起こしたと考えるのであれば、それで一切の謎に合理的な答えが出る。この戦闘で生じた死傷者の数は、人によって異なる。タイ政府報道官タイシウ氏は「クンサー一味は十名の死者を出したが、タイ政府側は死者一名、負傷者十五名」という。タイ国麻薬取締り委員会バシュー大将は「麻薬密売組織は二百名ほどの死者を出し、多くの者が負傷した。一方、我が方の国境警備警察部隊の死者は十七名、負傷者は五十名である」という。内閣総理大臣プレム・ティスラヌワン大将は「今回の国際的麻薬密売人であるクンサーの根拠地を掃討したところ、国境警備警察に十六名の殉職者と四十五名の負傷者を出したが、敵側には死傷者合わせて三百人ほど」という。そして、クンサーの副官は、誰も死んでいないと私に言った。私が曾焔女史のご主人の楊林さんがその中には入らないのですか、タイの新聞は楊林さんはシャン州革命軍の銃弾で死んだと報道していますが、証拠はありますか、と聞くと彼の眼にめらめらと炎が沸いてきたのを感じたので、素早く話題を切り替えて、負傷者の数を聞いた。彼は「とても少ない」と答えたので、さらに問い詰めた。「少ないというのはどのぐらいですか」彼は一息おいて、「一、二人の軽傷者だ。我々は彼らを適切に扱っている」と答えた。

タイ政府は今回の「征伐」を、強力に喧伝していた。全国のマスメディアはすべてこの一件ばかりを繰り返し報道している。その上、それは日を追って細かい内容にまで立ち入るようになり、また、驚きと恐怖を作り出して、クンサーがまるでどこにでも出没する万能の悪魔であるかのような表現になっていった。チェンライ市内の門番の使用人、アイスキャンディー売りもみな間諜である。駐チェンマイ米国領事モンナート氏はバンコクに避難したあと、クンサーはチェンマイ市内に翡翠の店を三軒経営しており、少なくない彼の部下がそうした場所に潜伏している、と、まるで魂の抜け殻のような感じで言った。こうした一連の衝撃的な反応は、タイ政府が社会混乱につながると警戒するところとなり、慌てて火消に回った。タイ政府は当初、必死になって、たとえば、山のごとく積み上げられた死体や、川を血で真っ赤に染める「大戦」の情景を作り上げようとしていたが、それは一体なぜなのか。これもまた一つの謎である。一人のガイドが簡単に結論を導いて見せてくれた。彼は言った。アメリカに結果報告をしているに過ぎないと。たしかに、夥しい数の死傷者を叫んでいる様子は、また別な角度から見れば、確かにそうとも取れる。バンコクはこの四月に、建都二百年を迎える。この二百年間、タイはほぼおしなべて平和であり、国内で政変があったり、国外からの侵略から身を守ったりと、いろいろあったのだが、それでもわずかな死傷者しか出していない。だが、重要な点がある。先ほどのガイドが言う。同じように、アメリカに対してさらに多くの援助を要求しているのだと。「見てください。私たちはすべての力を出しきりました。しかし私たちは疲れきってもう死にそうです」さらにもっとも旨味があるところは、今はまさに最高のタイミングで、国連麻薬問題専門委員会が二月五日にウィーンで開催される。タイ国麻薬取締り委員会のチャワリット・ユマニー少将はまさにこのタイミングをつかんで「クンサー麻薬密売組織の一味を征伐した勝利」を報告するわけである。彼は高らかに慷慨を謳い上げる。「今回の行動は、タイ国単体の国益であるばかりか、全世界にとっても利益となる」

タイ政府はもともとこんな戦闘を行いたくはなかったのだが、アメリカの圧力で見せかけでも出撃せざるを得なかった。そして一撃すると、ひたすら大声で銃声や爆音を抑え込んで、さっさと手を引く。そして、即座に二機のヘリ(そのうち一機はパイロットが喜びすぎたのか、不時着したようだ)を出して国内外から八十余名の報道陣をバーンヒンテークの戦場へと運び、鹵獲した戦利品を披露して国際的なニュースの高まりをでっち上げたのである。「シャン州革命軍」はおそらく二千名程度の兵力と見られている。しかしタイ政府は口を開くや、その人数を五千名から、ひどいときは五千名以上と言い切った。仮に五千名だとしても、もし、タイ政府が空陸両面からの戦力投入を本当に行っていたとしたら(事実、タイでは最精鋭とされる黒豹兵団もバーンヒンテークに進駐しているが)、決心を固めて政府が示した「絶滅」命令を実践していたら、たとえクンサーがどれほど強いとしても、一つの国家を相手に抵抗しきれるものではないだろう。だが、黒豹兵団まで動員しておいて、一陣の勝ち鬨をあげると、あとは何事もなかったかのようである。タイ政府は当然そうしたことを認めるはずがない。陸軍総司令官バユット・ザールマーミン大将はメーサイを巡視したときに宣言していた。「クンサーの部隊は無条件に武器を放棄しなければならない。国境警備警察は、クンサーたち叛徒が完全に粛正されるまで、これからもバーンヒンテークに駐留し続ける。我々はいかなる不法な人物も、またそれらが、タイ領内にいかなる勢力を打ち立てることも許さない」内閣総理大臣プレム大将も、農林大学で行われた学術会議の席上で宣言した。「もしクンサーが自首してきても、一般の麻薬の売人の自首と同様、当局の取調べを受けさせ、法に基づきこれを処理する」

ついには、クンサーが自首するという幻まで描いて見せた。タイ政府はすでに落としどころを見つけていたのである。こうして、「壁の外を人が行き過ぎた、壁の中の佳き人は笑っていた、笑い声は暗闇に飲み込まれていって……」そう、曲は終わり、幕が降りるのである。

タイ政府はこのように急いでこの戦争を終わらせていった。アメリカの気持ちなど、完全に構いきれるものではない。もしアメリカの意であれば、おそらくその克服には相当な苦労が伴うはずである。若干の権力者たちは表面上必死になってクンサーと自分の間に正邪の境界線を引こうとしていたが、内心では一日も早い原状恢復を渇望していた。前任の首相、クリアンサック大将は、公式の場でかつてバーンヒンテークを訪れたことを否定した、など、こうした類のことで、それは権力上層の人間には、人には言えないような、隠されなければならない一面があるということである。そうでない一面とは、厳粛なものである。それはちょうど、タイ政府が熟慮を重ねた結果、一旦「シャン州革命軍」が瓦解しかかると、全軍が覆滅する前におそらく、ビルマ共産党か、あるいはタイ共産党に投じるであろう、というようなものである。タイ北部には一つの伝説が流れている。「張家(クンサーの軍)」の最後の反撃で、シャールー村を攻撃したのは、実はクンサーの部隊ではなくてタイ共産党の部隊であったというものである。彼らがクンサー部隊を偽装して、タイの官僚たちを激怒させれば、クンサーは崖っぷちに追いやられ、本当にタイ共産党に投じてくることを期待していたというのだ。

こうした情報の真偽は重要ではない。見落としてはならないのは、こうした様々な可能性がタイ軍につきまとう圧力となり、しかもそれが日増しに高まっていたという点だ。駐バンコクビルマ大使館の武官が公開の場でタイの記者に語った。「(個人的な意見として考えるものだが)目下、ビルマ東北部に展開するビルマ共産党軍と、東南部に位置しているクンサーのグループは、ともに連携することもありえる」




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