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【金三角 邊区 荒城】 十四 自業自得

十四、自業自得
「黄金の三角地帯は後半戦だ。一九六○年代になってから麻薬の世界にデビューする。やがて、麻薬は西洋へと逆流し始める」

フランスに対する忠誠心旺盛な苗族、揺族の酋長たちは、やはり、アメリカに対しても忠誠心旺盛であった。彼らの生活は質素で、苦しい重労働にも耐え、かつ戦えば極めて勇敢であった。クリスチャンサイエンスモニター誌が、彼らを「二十世紀のスパルタ戦士」と呼ぶほど、着実にアメリカの協力者として、ベトナム共産党に対する切り札となっていく。もし、南ベトナム政府軍がみな彼らのようであれば、ベトナム戦争の結末はまた違ったものになっていたかもしれない。しかし、彼らとて、素手で戦争をするわけではないし、民族としても生き残ってゆかねばならない。フランス政府が拡大に力を入れた結果、罌粟の栽培はインドシナ半島からビルマおよびタイの国境地帯まで伸びて行く。そしてやがて「黄金の三角地帯」が形成されたのである。現地の山岳民族は狩猟をおもな生業としていて、もとより、現代社会が作り上げた国家の境界線なるものの意味さえわからなかった。阿片が金儲けになると知ったので、ただ罌粟を植えた。それだけの簡単なことで、じつに簡単に人類を失望させたのである。

彼らは、黄金の三角地帯、麻薬の三角地帯といったもの、果ては麻薬取締り組織に対してもまるで無頓着であった。初めは西洋人が慇懃熱心に罌粟の栽培を指導し、さらに生阿片を買い付けた。現在は、同じ連中が、彼ら山岳民族を叱責して、罌粟を植えてはならぬという。文明世界は非常に複雑である。そして、彼らにはその複雑なことがまるでわからないのであった。

ベトナムに駐留する米軍には選択の余地はない。彼らの阿片を買い取るしかないのである。阿片以外の農産品はないのだから、もし米軍が買い取らなければ、彼らの忠誠心を云々することができないのであり、もっと根源的なことをいえば、塩を買うこともできなくなり、当然、彼ら山岳民族の生活自体も維持されないのであった。だが、アメリカ人は阿片を買い付けたあと、フランスのようにはせず、自分の家で販売した。アメリカ人が買い付けたあと、自国で麻酔薬に精製したりしたわけだ。しかしそれにも限界があり、アメリカもそれだけの量を消化しきれなくなると、麻薬王たちと合作するしかない。つまり、阿片と、阿片から精製されるヘロインを東南アジア各国に運び込むしかなくなってゆく。

東南アジア各国に運び込まれたあと、一体どのように販売されていくのか。これはもうアメリカ人にはまったく構いきれないのであった。サイゴンは麻薬世界と化し、アメリカはかなりの規模でこの麻薬の罠に落ちてゆくのであった。それは、アメリカの政策ではなく、北ベトナムの戦略であった。西洋が東洋に阿片を持ち込み、その後、アメリカの大軍がいちばん最初にこの因果の凄さを味わうことになったのである。

一九六○年、「黄金の三角地帯」はまるで、毛がぼうぼうの巨大な怪獣のように、突然この世の中に現れて、世界を震撼させた。しかし数少ない人々だけが、この怪獣は西洋文明が産み落として育てたものであることを知っていた。しばらくすると、この「黄金の三角地帯」は世界最大のヘロイン製造、密売の拠点となっていく。だらだらと長く続いたベトナム戦争の期間中、多くの汚職官僚(アメリカの、タイの、ラオスの、そして、ベトナムの)はみな、黄金の三角地帯に寄りかかってたっぷりと金儲けをした。これは、ベトナム共和国がぼろぼろになって崩壊した主要な原因の一つである。大勢の役人たちがこの商売に手を染めて(助け、庇い、あるいは提携して)いくなかで、黄金の三角地帯の英雄たちが輩出していく。その中には、羅星漢がもっとも聞こえた名前である。彼はクンサーにはない名声を博している。多くの人々が彼を懐かしむのは、彼は麻薬の収益を使って貧しい大衆の面倒を見たからだ。本当にそうだったのか、我々には知ることはできない。だが、一つだけわかることがある。彼はラングーンの牢獄にあって、おそらく何をどう考えても理解に苦しんでいるに違いないであろう。以前は合法で、光栄で、尊敬を受けていたのに、どうしてある日突然、違法で、有害で、罪人扱いされることになってしまったのか。国際政治とは、曇りのち雨、誰にも明日を予測できない。

ベトナム戦争への米軍介入と麻薬とのつながりは、アメリカにとっては恐るべき結果をもたらした。それは、黄金の三角地帯の麻薬が、北ベトナムと汚職官僚の手を通じて、バケツの底を抜いたようにサイゴンに流れ込んだことである。ヘロイン、モルヒネ、阿片、みな価格は安く、一口吸うか、一本打つか、いずれにせよ、普通の人間でも一度は気軽に試して見ようと思わせるものがあっただろう。サイゴンとアメリカ本土の間には、蜘蛛の巣のように緻密な交通ネットワークがあり、これはまさしく世界でもっとも理想的な麻薬密売ルートであった。アメリカ本土に流入する麻薬は幾何級数的に増加していく。リスクは少なく数量は多い。それゆえ、アメリカ国内にいる若者たちは、こうした自ら抜け出ることが極めて難しい麻薬に、容易にあっさりと嵌っていくのであった。

また別な面では、ベトナムで作戦に就いている米兵の事情もある。彼らは苦悶して彷徨い、恐怖に怯え、麻薬を使用して初めて心の平衡を取り戻せるのであった。これはゆっくりと進む隠れた虐殺というべきであろう。ベトナム戦争中、アメリカの若い兵士たちは、かくも若く、優秀であったのに、サイゴンの街頭で一包みのヘロインを求めていた。こうした情景は社会を震撼させる。いったい、この連中のどこが優秀なアメリカ兵なのかと。彼らが幸運にも生きてアメリカの土を踏むとき、こうした麻薬常用の習慣も持ち帰ることになり、アメリカでの麻薬製造はさらに複雑なことになっていく。我々は、映画「黄金の腕(※訳注、一九五五年アメリカ映画。フランクシナトラ演じる主人公が麻薬中毒者という設定)」を覚えているはずだ。この主役は直接の麻薬被害者ではないが、それに近い。これは、アメリカが自ら追いかけた結末であり、アメリカンドリームなどというものは存在しなかったのである。

こうしたことが発端となって、国際的な麻薬取締り組織が成立していくことになる。さらに、彼らは当初、苦心惨憺して栽培地詣でを繰り返していたが、やがて、「黄金の三角地帯」に注目する。さらに一歩進んで今年(一九八二年)一月、タイ政府の手を借りて、第二次阿片戦争が発動されたのである。




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