霊犬蒙迷科(霊犬マウンミークー)(1)

 
  
 ビルマが社会主義化したその年のことである。私の母親はまだ小さい私と弟を残してこの世を去った。我が家はたちまち貧窮し始め、父はこの情況をとにかくなんとかする必要に迫られていたのであった。

 禍は仲間を連れてやって来ると俗に言うが、私たち一家はさらに、急ぎこの豪華な住宅から退去しなければならなくなった。ビルマ政府が私たち華人を国外に駆逐するとの法律を発布したからであった。以前から父と親交のあった当局の人々が、この情況について事前に父親に漏らしてくれたため、父は夜も構わず私と弟と連れてラングーンを離れ、やがてこのミッチーナーまで逃げてきたのであった。

 ミッチーナー。そこは、翡翠を産出するビルマの一地方である。父はこの地で人生を一からもう一度やり直すことを決心した。そうして私たちは、この翡翠の採石場へとやって来たのであった。

 翡翠の採掘は危険なばかりでなく、とても辛い労働であった。ビルマ政府軍の兵隊たちが突然現れて襲撃してくる。捕まれば投獄されるし、逃げようとすれば彼らは容赦なく銃の引き金を引くし、それで死んでもお構いなしである。こうしたわけで、翡翠の採掘は夜間にこっそりと行われるのが常であった。

 この土地にまともな知り合いもおらず、私と弟を託し預ける先もない。父は採掘場付近の数キロメートルの場所にある原始林の中に、竹で掘っ立て小屋を立てることにした。私たち一家はこれからここに住むことになるのだ。

 父は昼間には木を切りに行くこともあったが、夜になると、翡翠の原石採掘に従事する夥しい数の作業員たちと共に、採掘場へ翡翠の原石を堀りに行くのであった。

 このように毎晩父が出掛けるたびに、私たち姉弟はとても悲しい眼をしていたのであった。憐れみを請うかのごとき眼差しでじっと父を見つめ、少しでも長く父と一緒にいたいと願ったものである。

 そんなとき、父はいつも一言の言葉も口に出さず、ただ、私と弟を懐に抱き寄せ、黙って私たちの髪を撫でながら溜息を付く。そして、心をぐっと引き締めて家を出るのが常であった。

 私たち二人の子供はいつもこうして、この寒々とした小さな竹の掘っ立て小屋に置いて行かれた。そして怯えながらただ父の帰りを待っているのであった。


霊犬蒙迷科(霊犬マウンミークー)(2)へ続く


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