家有安児(我が家に天使あり)(2)

 
 こういう時に喧嘩をすれば、情においても理においても自分が不利になることに夫は気付いていた。そして、彼は自分の腹をさすり、喉を鳴らしながら火の如き悔しさは腹のうちにしまい込み、私に対して冷戦を仕掛けてきたのであった。

 もっとも、彼には忘れてはならないいい面もあって、それはどれほど悔しい思いをしようとも、また、怒りを覚えていようとも、碗を投げたり皿をひっくり返すなど、怒りを態度に表したあとに甘い鶏スープを飲めば、特に我慢しなくてもきれいさっぱり忘れてしまうところであった。

 私が思うに、中国人はみな一流の精神主義者で、怒気を長い間甘受し続けることができないのであった。私たちは双方が若く、血気盛んであるので、自分たちの顔色でそのまま味付けてしまったような鶏スープは決して甘いものではない。ものごとの道理がわからない人間は、往々にして、自分の思いどおりにならかったり、つまらないことがあったり、汗を流したり、苦しみを受け止めたりすると、ものごとのよい面がまったく見えなくなり、かわりに腹に怒りを溜めるだけとなる。

 私個人はそれほど高望みをしない性格で、何度でも許すことができる方である。とくに物事が起こってしまったあとでも平和な心を維持できる。もっとも、自分の至らなさを責めることや、相手の期待に応えられないと思うことはあった。だが、こうした心根は、つまるところ私たち夫婦が延々と喧嘩し続ける原因になっていたのであった。

 それから何日か過ぎて、そうした一触即発の局面だけはなんとか過ぎ去ったようであった。ある日の午後、夫が授業を終えて帰宅すると、まだ顔にはまるで誰かが彼に金を返済していないかのような硬い表情を留めていた。彼は寝室に入っても、顔を背けて故意に揺りかごの方へ眼をやらないようにしている。

 そのときは、赤ん坊を風呂に入れていた。天気は暑く、臍の緒がやっと取れたこともあり、私は今まで赤ん坊をくるんでいた帯をやめて、ピンク色の柔らかい衣服を着せてあげた。そして揺りかごにそっと寝かしつけると、元気旺盛に手足をばたつかせている。黒くて丸い瞳を見開いている。この子にとっては、まったく知らない世界であって、まだ知覚も朦朧としているのではないだろうか。

 人間は血縁で生きる動物である。我慢できなくなったのか、あるいは、渋々ながらなのか、この揺りかごの中の、彼があまり歓迎していない子供をこっそりと盗み見るようになった。

 今までまともに見ることはなかったが、やはり一度見るとずっと見入ってるようであった。この可愛らしくて活き活きと動く生き物は、すぐさま彼の父としての天性を引き出しているようで、気難しい顔もすぐに打ち解けていった。彼は思わず心の底から歓喜の声を出し、手にしていた吸いかけのたばこも手放してさっと駆けつけると、不器用な抱き方で子供を抱き起こしたりするのであった。



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