埃峩(アイオーという名の男) (10)最終回

 
 それ以降、毎日のようにメーサロンの道端で薪を売るアイオーの姿を眼にするようになった。そしてそのまま自然と彼も弁えるようになり、なんとか生きて行ければ、彼もまたわざわざ我が家へ来て私たちを煩わせるようなこともなくなっていったのだ。

 そしてまた、何日もアイオーを見かけないことがあった。夫はなにかというとアイオーの真似をして、「奥さん、まだ阿片を吸っていないんです」という芸を披露しては私たちを笑わせていた。だが、心の中では、またあの「夷人さん」が我が家を訪ねてくるのではないかという想念を禁じ得ないのであった。

 だがそれからどのぐらいの年月が経ったかも忘れそうになるほど、私たちはアイオーを見かけることがなくなっていた。彼はメーサロンから失踪していたかのようでさえあった。

 ある日、私がある別のアカ族の人に出会ったとき、私は気になって彼に尋ねたのであった。

「アイオーはどこへ行ったのかしら?こんなにも長いこと彼を見ないなんて……」

「アイオーは死んじまったですよ・・・」

そのアカ族の人は、まるで何事もなかったかのようにあっさりと答えたのであった。そしてそのまま表情も変えずに、「犬一匹、猫一匹死んじまったようなもんだ」と言った。

 私の心の中に強烈な憐れみの気持ちが湧き起こっていた。「なんで死んでしまったの?」と、思わず聞いてしまった。

「病気で死にましたよ」そのアカ族の人は、どこか煩わしそうに答えた。眉間には、どうしておまえら漢人が我々山岳民族の生死などにそれほどまでの関心を持つのだ、とでも言いたげな、ある種訝しむような彼の心中が浮かび上がっているようであった。

 彼によれば、事の次第はこういうことであった。アイオーはメーサロン近郊の山塞へ手間仕事に出掛けていたのだが、不幸にもその地で彼は瘴癘の病を得てしまった。まるで打ち棄てられたような馬小屋に一人寝込みながら毎日血を吐き続け、三、四日のうちに声も出さずにその馬小屋ですっと息を引き取ったのだという。

 それから、その馬小屋の隣に住んでいる家の主人は、一本の縄を持ってきて彼の首に掛け、彼の屍体を馬小屋の外に引き摺り出したというのだ。そしてまるで死んだ犬のように、山林に掘られた穴に打ち棄てられたらしい。しかも、その上には土もかけてもらえず、ただ乱暴にその場に放置されたのだ。

 私はこのことを夫に話した。夫はしきりに首を振りながら、

「アカ族に生まれ、生きて犬に及ばず、死して尚、犬に及ばずか。アカ族というのは憐れなものだな……」

そんなふうに、しみじみと述懐しているのであった。

 そのとおりなのだ。アカ族たちは生まれるのも死ぬのもこの同じ世界にある。だが、来るときはどこからともなく音も立てずにやってきて、去るときもまたひっそりとして物音一つ立てないのであった。彼らはまるで奴隷のように売買され、こき使われ、安い工賃で働く。彼らの運命は、まさしく「生きて犬に及ばず、死して犬に及ばず」なのであった。タイビルマ国境地帯では、アカ族の奴隷を一人買うことは、まるで犬を一匹買うかのように容易い。

 だが、アカ族だってれっきとした人間であることに変わりはないのだ。そして、私はアイオーが持ってきてくれた茸や木耳、そして竹虫などを思い出すたびに、彼らアカ族たちの暖かみのある純朴さをさらに懐かしく思うのであった。そう、アカ族もまた、人情味溢れる素晴らしい人々であることも。


【アイオーという名の男 完】






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