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【番外編】北タイ・メーサロン 墓誌に刻まれた物語(18)最終回

バーンヒンテーク その後

 風光明媚で自然豊かなバーンヒンテークの村。そこにある通称クンサー博物館。タイ北部を訪れる観光客は決して多くないが、ここまで奥地になるとその人数はさらに減ってゆく。そして運良くこのバーンヒンテークを訪れることになる観光客が、おそらく十中八九訪れる場所が、このクンサー博物館である。

中国語作品で読む 黄金の三角地帯とタイ北部 【番外編】北タイ・メーサロン 墓誌に刻まれた物語 クンサー博物館外観KhunSamuseumbuilding.jpg
緑豊かなクンサー博物館

 往時のクンサーの司令所を再現した館内には、基地のような構築物、シャン州の藩王の歴史や暮らし、シャン州の文化などに関する展示があり、さらにクンサーの自室も再現され、身の回り品が展示されている。帝王クンサーはギラロッシュのガウンを着ていたようで、このガウンが壁に無造作に掛けられていたのが印象的だった。

中国語作品で読む 黄金の三角地帯とタイ北部 【番外編】北タイ・メーサロン 墓誌に刻まれた物語 クンサー博物館KhunSamuseumroom.jpg
クンサー博物館に再現されたクンサーの自室

 クンサーが椅子に腰掛けて談笑している像もあり、薄暗い部屋でこの像と向き合っていると、なにやら自分が歴史の現場に立っているかのような、もっと動物的な言い方をすれば、クンサーに見つめられているような、不気味なうずきを覚える。一方で、腹を割って話せば、普通にいいおやじさんなのではないか・・・というような親近感も湧いてくるのだが、リーダーとはそういうものなのであろうか。

 ちなみに、シャン州関係者で直接クンサーを知っている人数人に聞いたかぎりでは、クンサーを悪人扱いする人は皆無であり、むしろ、英雄視していたり、人柄を褒める人がほとんどである。麻薬の供給者にレッテルを貼って責めることが正しいのか、それとも、麻薬が必要になるような辛い社会を責めるべきなのか、世間で言われている「悪」の定義には、罠が潜んでいる。その意味で、我々が知っている麻薬王クンサーとは、よくある「一方の価値観」が作り出した悪者であると言えるだろう。

中国語作品で読む 黄金の三角地帯とタイ北部 【番外編】KhunSaPhoto.jpg
クンサーの像

 いたってのどかなこの村は、メーサロンから自動車で三十分ほどの距離にある。途中の道沿いには茘枝などが栽培されている。そしてこのバーンヒンテークをさらに西北の方角へ登っていくと、華人系の集落を含むいくつかの集落があり、タイとビルマの国境に辿り着く。中国語でいう「泰北(タイ北部)」はここで終わり、そこから先はビルマ領シャン州である。

 それから後、その先の地域を支配しているのは「ワ族」だ。タイ寄りのワ族の支配地域は広く北タイ一帯の国境地帯に広がっており、現在はアヘンやヘロインよりも原料の調達や製造が容易な、アンフェタミン系覚醒剤の密輸が大きな問題となっている。

 タイへ運び込まれた覚醒剤は、盛り場で働く人々や肉体労働者、トラック運転手などに供給される。バンコクで深夜にタクシーに乗ると、ときどき、眼が血走ってろれつの回らない運転手にぶつかったりして肝を冷やすが、こうした人々がエンドユーザーである。

 タイ国内では「タイ北部チェンライ県で、検問で止められたトラックから覚醒剤何十万錠を押収」などというニュースが、まるで未成年の万引きのような頻度で報道されている。計算したことはないが、この押収量を年間で累計すると天文学的な錠数になる。こうした覚醒剤の出所は、ほぼこのワ族の地域である。

 ワ族は、クンサーの幼少時代からの宿敵であった。クンサーは先代から圧迫を受け続けていた、とあるワ族の土候を打ち破るところから、そのドラマに溢れたキャリアをスタートさせたのであった。

墓誌 黄金の三角地帯 風雲児たち

 だが、かつてこのワ族は、昆明からビルマへと落ちのびてきた国民党軍部隊にとってはかけがえのない盟友であった。このワ族の協力なくして、兵力の補充も雲南省への反攻も不可能であったといえるだろう。そして、その国民党軍部隊の大部分が台湾に撤退すると、やがてクンサーに身を投じ、クンサーを一気に玉座に押し上げた国民党軍出身者、張蘇泉が出てくる。この地域の風雲は、こうして幾重にも絡み合っていくのであった。

 混沌を絵に描いたようなこの地域の現代史は、段希文の墓所にある刻印からも読み取れる。墓誌に刻まれた物語の最後に、この写真をご覧いただきたい。これも一つの墓誌と言ってよいだろう。これは、段希文将軍の墓所の壁に埋め込まれている、とある石板、内容はこの墓所の造営費用の寄進者たちの名簿である。賛助人芳名録と題されたこの石板には、無数の寄進者たちの名前が並んでいる。そしてこの筆頭に興味深い人物の名前が刻まれている。

中国語作品で読む 黄金の三角地帯とタイ北部 【番外編】段希文の墓所にあるクンサー(張奇夫)の刻印MaeSarongPhoto005.jpg
段希文将軍墓所の刻印写真

 さて、クンサーの中国名を覚えておいでだろうか。

 そう、張奇夫である。


【番外編】北タイ・メーサロン 墓誌に刻まれた物語 了





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