埃峩(アイオーという名の男) (9)

 
 また別のある日のことだ。夫はアイオーに古着を二着進呈したことがあった。アイオーはいつも着古しているアカ族の民族衣装を脱ぎ、Tシャツとジーンズに着替えたのであった。その様子の変わり様はとても滑稽で大笑いせざるを得なかったが、だがあらためて見てみると、これはこれで、人々をはっと思わせるなにかを感じさせた。

 やがてアイオーは薪を切ってきて売る以外の仕事も始めた。たとえば、農繁期がくると、よその家の農作業を手伝いにも行くようにもなった。こうして彼の生活は変わっていき、徐々にしっかりとしていくにつれ、我が家を訪れる回数も徐々に減っていったのであった。

 だが、じとじとと陰鬱な雨が降りそぼるある日の午後のこと、私たちが食事を取っていると、アイオーがまるで幽霊のように雨霧の中から突然現れた。

「奥さん。お願いです。何か食べ物を下さい……」彼の声にはまるで張りがなかった。

 私たちは一度食事の手を止めて彼の姿をよく見てみると、アイオーの体は骨張っていて、表情は憔悴しきって肌は黄ばみ、まるで大病からやっと生還したかのような様子である。彼は一枚のビニールシートをかぶり、雨水がその上を滴り落ちている。

「おい、あいつはアイオーじゃないか!」彼を見かけた夫は思わず声を上げた。

「おまえさん、一体どうしたんだ?」

「病気になりまして。何か食べさせて下さいませんでしょうか?」と言うのであった。

 私たちはさっそく食事をくるんで彼に手渡した。だが彼はこう続けたのであった。

「奥さん、今日は阿片をまだ吸っていないんです……」

 阿片中毒者は食事を抜いても大したことはないが、阿片がないと、それは命にかかわる大ごとになるらしかった。夫はさっそく五バーツ硬貨を取り出して彼に手渡しながら聞いた。

「ところで、その病気とやらは良くなったのかい?」

「阿片一発で一気に良くなります!」彼は震えながらもその硬貨を受け取り、我が家を去っていったのであった。

 だがそれから数日間、彼は毎日のように我が家へ顔を出しては、食事と阿片代をせがんだのであった。ある日、夫は耐えきれずに口を開いた。

「このところのおまえさんの様子を見ていると、とても病気には見えんのだがなぁ。まだ薪を切りには行けないのか?」

 アイオーは濁った二つの目玉をきょろきょろさせながらも、怯えたように夫の方を恐る恐る見た。そして、ほとんど聞き取れないような低い声で言った。

「あのう。薪を切る鉈が……見つから……ないんです……」

「そんなことがあるか。おまえさん、もしや鉈を売っ払って阿片を買って吸っちまったんじゃねえだろうな?」

 アイオーはその言葉に慌てている。この様子では、おそらく夫が予想した顛末とそう変わりはないのであろう。あのとき私たちがあげた鉈は、阿片に化けて煙となって消えてしまったに違いない。一部のアカ族は、阿片を吸うためならば食べるための米を売り、甚だしきは自分の子女さえ売りに出すことがよくあると聞く。だがアイオーが病気のせいであの鉈を売ったとも考えられる。私たちはまた鉈を一振り買ってきて、あらためて彼に進呈することにしたのであった。


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