埃峩(アイオーという名の男) (2)


「まあ、汚いのは汚いだろうけど、仕方ないわ。気の済むように食べさせてあげなさい」

 それを聞いたアカ族の男は、さらに小吉のことなど眼にも入らぬといった様子で、こんどはスープの入った大きな丼を取り上げ、ごくごくと中身を飲み干してしまった。彼のこうした一回の「お食事」で、我が家の残り物は、あっという間に鍋からも皿からも姿を消してしまったのであった。

 こうして残飯を平らげればそれで満足して、この男はそれでここから出て行くであろう、私はそう思っていたのであった。まさか彼がその汚れた袖で口を拭いながら、我が家の台所をひととおり検分して、使用人が寝起きする小部屋を目敏く見つけ出して、「奥さん、この辺で一晩寝かせてもらうわけにはいきませんかね」などと言い出すとは。

 小吉は手をしっしと振りながら言い返した。

「もうさっさと出て行ってよ。アカ族が漢人の家に入り込んで寝床を借りるなんて非常識にもほどがある!」

 夫の|楊林《ヤンリン》が不在であり、私も見知らぬ人を我が家に泊めるわけにはいかない。それに、このアカ族の男が何者なのか、どこからやってきたのか、私は彼の素性をまったく知らないのである。したがい、

「私たちの所に泊めるわけにはいかないけど、もしどうしてもというなら、家の裏側のそれほど遠くない所にアカ族の人が住んでるわよ。あなた、そこに行って一夜の宿をお借りしてはどうかしら?」

と、こう答えるより他ないのであった。

 そのアカ族の男はそれを聞き、さっさと台所を後にして外に出ると、首を持ち上げて空の色を眺めながら数回大きなあくびをし、曲がった背筋と腰をぐいっと伸ばし、また数回あくびをした。それから私に向かってこう言った。

「いやぁ。奥さん。今日はまだ阿片を吸ってないんですよ。何バーツか前借りしてもいいですかね。明日仕事をして返しますから」

 この男は何とも狡賢い計算のできる男のようであった。会ったばかりでまだ仕事もしていない。恵んでもらった食事に対して礼の一言もないばかりか、その上工賃を先に払えとくる。私は彼がいつか切ってくるであろう二本の竹を買ってあげると言っただけなのである。

 こうした言いぐさや振る舞いに、小吉はすでに耐えきれなくなってきていたようであった。「おまえみたいに狡賢いアカ族は見たことがない」とこの男を罵った。

 だがこの男はあくびをかきながらも、涙やら鼻水で顔中をぐしゃぐしゃにして、まるで死に際すれすれの乞食の如く哀願するのであった。

「奥様。お願いしますよ。私は阿片を吸わないと死んでしまいます。お願いですから。奥様……」

 前世で何かこうなるようなことをした報いなのだろうか。まったく彼の要求に応えないわけにもいかないような、何ともいえない心理状態になってきたのが不思議であった。私が仕方なく懐から五バーツを取り出して彼に施すことにした。

 彼はそれを手にすると、ぼろぼろの上着を羽織り、こちらを振り向きもせずただ去っていったのであった。


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