シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 阿卡花(アカ族の花)(9)

 
 それを聞いたアイナの顔が一瞬引き攣った。そのとき、私は今まで気付かなかったが、アイナの顔が憔悴して痩せ細っていることに気付いたのであった。両眼から湧き出てくるような悲痛な叫び、戸惑い、そして悩み。

「そうなのね?あなた、赤ちゃんを売ってしまったんでしょう?」

 私はさらに問い詰めた。私は心の中で憎しみと軽蔑を抑えきれなかったのだ。どうしてこんな役立たずの男のために子供を売るのか。そういうアイナが許せなかったのである。

 そして当の小男の表情には動揺が走っているのが見て取れる。自らの行いを卑しむかのような、その腐った性根から出て来た下卑た笑いを浮かべ、何も語ろうとはしない。だらしない笑いで誤魔化して、なんとかこの場を凌ごうとしているのが見え見えだった。

 私は軽蔑のあまり眉をしかめていた。アイナも黙して何も語らず、そしてその場を去っていった。だが、彼ら二人が去っていくその背中を見ながら、私は自分が愚かであったことにようやく気付いたのであったが、なぜか感慨のかけらもないのであった。アカ族は原始的な民族で、彼らの子に対する親の気持ちなどは、所詮動物のそれに毛が生えた程度の淡いものなのかもしれないなどとも考えた。だが、本当にそうなのか。私はそう考えてしまう自分自身を押しとどめ、自分自身の考え方のほうこそ疑ってみた。彼らがいかに原始的な山岳民族であろうとも、そしてその生活がどんなに遅れたものであったとしても、さりとて、彼らもやはり「人」であるはずであった。

 私はさらに、あの丸々と太った子供のことを思い出していた。そして、アイナがとても大切そうにその子を抱き、母子がお互いに命を預け合って健気に生きている二人の姿を思い出していた。だが、今となっては、あの子はどうなってしまったか。一体誰に売られていったのか。私はかつて、麻薬密売を行う集団が、こうしたまだ歩けないような小さな子供を高く買い取るという話を聞いたことがある。彼らは子供を引き取って扶育するために買うのではない。子供の腹に麻薬を埋め込んだあと、病気の子供として目的地まで連れ歩き、そのまま体内の麻薬ごと遠くへ売り飛ばすという酷い話であった。

 まったく何とも残酷な話である。とてもその続きを考える気になれない。

 だが私はあの子をしっかりと覚えている。アイナは苦労しながら子供を抱え、さらに背中には薪の山を背負って歩いていた。どうしてこんな役立たずの男が出て来て、それに、どうしてこの男が出てくると同時に子供がいらなくなってしまうのか。このことをいつかアイナに問いたださねば、私はおそらく気が収まらなかったのだと思う。

 ある日、あの小男が水汲みから戻ってきて、アイナを捜していた。

 彼女はちょうど晩ご飯の支度をしていた。一掴みほどの太ったミミズを竹筒に放り込み、塩と唐辛子を加えて和えていた。

 ミミズを食べるアカ族。私はなにやら吐きたくなってきた。

 私はなんとかその吐き気を抑えて、代わりに唾を吐いてなんとか吐き気を和らげながらアイナに肝心なことを聞いた。

「アイナ、あなたの赤ちゃんは結局どこにいるの?」

 アイナは感電したかのように動きを止め、恐る恐るこちらを向いた。口の中で何かぼそぼそと声にならない声で呟いているだけで、そのままずっと何も話してくれないのであった。

 私は彼女を見つめながら、答えを待っていた。

 彼女は震えているだけで精一杯のようであった。だが私はさらに聞いた。

「あなたは赤ちゃんを売ったの?誰に売ったの?」

「先生……。私は赤ちゃんを売っていません。あの子は……、あの子は、死んでしまったんです!」


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