克保(柏楊) 異域 (11)

 
 私が到着して鄒浩修大隊長と会えたとき、彼はちょうど工事の最中で、望遠鏡で周囲を眺めていた。陣地は物静かだったが、標高が高くて気圧が低く、作業に力が入らないようであった。ずっとしばらく経って、彼は望遠鏡を私に手渡して言った。

「おい、なんてこった。君も見てみろ!」

 望遠鏡からは山麓のあたりが見えていた。三、四人のビルマ兵が、銃剣で負傷した我々の仲間を刺し殺している。国のために負傷して、捕虜として捕らえられ た仲間たちの声は遠すぎて聞こえない。ある者は走り回って逃げ、ある物は銃剣の下で諦めていた。走り回っていた者は連れ戻され、銃剣の下で暴れていたがつ いには諦めた。私は黙って望遠鏡を置いて頭をあげた。鄒浩修大隊長は顔を背けた。眼に溢れ出る涙を、私に見せまいとしていたのだと思う。

 その時、山の上から敵の攻撃の号令が伝わってきた。その凄惨な号令は山また山と伝わって響き渡る。鄒浩修大隊長は前方をじっと凝視していた。私はどうす ればいいのかがわからなかった。その号令が広がっているあたりには、おそらく一万人以上のビルマ兵がいると思われた。百戦錬磨の我々の仲間も、この点だけ はわかっているようで、何も聞かないが、彼らの無言の顔には、恐怖が浮かんでいた。

 号令が停止すると、ビルマ軍の攻撃が始まった。ぱらぱらと銃声が聞こえ、そのあと、重機関銃と迫撃砲が加わる。さらにそれに続いて、突撃の号令とともに、剽悍なチン族と残酷な傭兵部隊が、我々の陣地に向けて狂ったように突撃してくる。

 今回のビルマ軍は、前回の百倍の強さだ。その質も、そして武器のよさも、我々孤軍を震撼させた。やがて、鉄条網が五十メートルほど取り払われて、攻撃口がぽっかりと開けられた。鄒浩修大隊長は無線機で猛撤に作戦停止を仰いだ。

 だが、返答はただ「死守せよ!」と返されただけであった。

 しかし、ビルマ軍の攻勢はさらに猛烈になってきている。その日の午後から、三日目の昼まで、攻撃はずっと止まらなかった。彼らはおそらく交代で休息を 取っている。そして、三、四時間に一回は雪崩のような突撃がある。我々は交代することができないので、休むことができない。

 敵を防ぐための鉄条網は用をなさなくなってきており、第二線の陣地をつなぐ塹壕も半分が寸断されている。さらに、三日目の午後、ビルマ軍の一○五ミリ榴弾砲が陣地を直撃し始めた。

 江口の陣地は非常に堅固にできている。土と巨木で築かれた掩蔽壕の掩体は、こまごまと張り巡らされた連絡壕とともに、鉄骨とコンクリートの塹壕と比べても、実によくできていて、さらにいえば、コンクリートの物よりも震動には強いのである。

 しかし、通常の砲火では落とすことができない掩蔽壕と掩体でも、巨砲の砲弾が当たれば、それは巨石が卵を割るようなものである。轟と聞こえた瞬間、仲間 たちの体は血肉が粉々になった。殺傷力が大きいので、我々の仲間たちも、頭を上げないようにせざるを得ない。恐怖が我々全員を包み込み、動揺が広がった。

 鄒浩修大隊長は総司令部に向かって救援を求めたが、返事はちょっと待てであった。再度撤退許可を要求すると、返事はまた依然として、死守せよ、であった。

「どうやら我々はここで死ぬしかないようだ」

 鄒大隊長は悲痛につぶやいた。

「ここで死ぬしかないんだとよ!」

  九

 ビルマ軍は間断なく突撃を仕掛けてくる。しかし、我々はみな恐怖してはいるものの、精神的にはまだ受け止める余裕があった。以前戦っていた共産党もやは り同じように凶暴であったからである。だが、ビルマ軍の一○五ミリ砲による攻撃が加わると、守りきる自信を失い始めたようである。

 江口は平原なので、こうした攻撃を、自然の遮蔽物に頼らず、すべて構築物で防がなければならないからだった。それぞれの陣地は身を隠す物がわずかもな く、砲の射程圏内に身を晒さざるを得ない。いつでも吹っ飛ばされて木っ端微塵となりかねない掩体の中にかがみ込み、頭上の土嚢からは、着弾する度に砂がこ ぼれ落ちてくる。鄒大隊長は傍らにいた|劉占《リゥジャン》副大隊長を軽く叩いた。

「君は九号陣地へ行ってくれないか」

続けて、

「克保さんは十六号陣地へ行ってくれ。我々が一つの陣地にいるのは危ない。万が一砲弾がここに落ちれば、我々の部隊は指揮官をすべて失う」

「あの、できれば私は決死隊を組織して、あのでっかい大砲をかっぱらいに行こうと思うんですが」

劉占副大隊長が言った。我々が驚いたような反応をすると、

「夜襲でならやれるでしょう。夜になったら志願者を集めて、敵に気付かれないように集まって、払暁に攻撃を仕掛けるんです」

我々も頷かざるを得なかった。

「あっ、そうだ」

 彼は、自分がやろうとしている任務が、まるで、山麓まで出かけてタバコを一箱買ってくるような軽い口ぶりであった。そして頭を壁にくっつけて、眼を閉じた。

「もし私が戦死しても、まあ、本望ですから」

 彼の話し方は、みなに対して永遠の別れを言っているようであった。私と鄒大隊長は黙って聞いていた。そして、私と彼は、匍匐して連絡壕によじ登った。しかし、劉副大隊長が本望だと言っても、彼にとって得るものはなにもないのである。

 そして、夜が来た。彼は仲間から志願者を募っているとき、我々は撤退命令を受けた。ビルマ軍は第二次大戦時にアメリカが使った蛙飛び戦術で来るつもり だったのだ。江口を飛ばして、主力を二つに分け、江口から三十里ほどの地点で渡河し、一つは猛撤、もう一つは猛布へ。彼らは、我々の後方が空っぽになって いることをつかんでいて、この際に、一挙に孤軍を殲滅する腹であろう。実際、彼らは天地を揺るがすような大兵力を投入してきている。

 これが、我々がこの拉牛山で十日も釘付けにされ続けた真の理由、つまり、敵の意図なのであった。ビルマ軍の迂回部隊の先頭に追いつくために、また駆け足 の速度で強行軍しなければならない。我々はサルウィン河を密かに渡河してこの拉牛山に急行した。すでに四日四晩を不眠不休で戦っている。仲間たちの眼は充 血していて、半分以上が水分と野菜不足によって唇が裂けており、なかには太股が腫れ上がっている者もいる。

 世界に我々ほど悲壮な兵士がいようか。今ここで、みなが命がけで駆けたとしても、我々が得るものは何か。いつ来てもおかしくない「死」と、休むこともできず、果てることなく続く身を焦がすような「痛苦」だけではないのか。

 江口から拉牛山までは四十里ある。しかも、でこぼこの山道を駆け足で進む。仲間の多くは裸足である。草履は裂けてしまっているし、足の指の間から血が流 れている。祖国よ、どうにかしてくれ。我々が過去に望んだ物は多すぎた。医薬品や書籍、弾丸など、我々は二度と要求しない。ただ、我々に一人一足ずつの革 靴がほしい。我々はそれで満足だ。たとえ陣中で死のうとも、自分の足元を見たときに革靴を穿いていれば微笑んで死ねる。

 結果、強行軍は我々を救い、大局をも救った。我々は山の入り口を入ったあと、ビルマ軍の迂回部隊がやってきた。我々は直ちに応戦した。ビルマ軍傭兵部隊 のインド人がおこなう唯一の戦術は、捕虜を虐待することだ。拉牛山に撤退途中で落伍して捕らえた仲間たちは、銃剣を突きつけられて一列にされ、松明の明か りの下、山の入り口に向かって楯のように押し出された。

「おまえら、撃てるものなら撃ってみるがいい」

インド人が叫んだ。

「中国人が中国人をどうやって殺すか、我々インド人とビルマ人にとくと見せてもらいたい」

 最前線の守兵は戦慄した。仲間を殺すことはできない。しかし、もし撃たなければ傭兵部隊の進攻を阻むこともできない。このインド人たちは、卑怯にも捕虜を戦車代わりに使っている。鄒大隊長がやってきた。軍服はぼろぼろだ。

「どうにかならないか」

彼は私に叫んだ。

「どうしたらいいか教えてくれ」

 だが、私が口を開く前に、彼は自分に言い聞かせるように言っていた。

「我々には自分たちの仲間を殺すことなど到底できない、いま捕らわれている彼らだって、我々を殺すことなど絶対にできるはずがない」

すると彼はいきなり飛び上がった。

「畜生、見ていろよ」

彼は言った。

「我々孤軍はずっと仁義に生きてきたんだ。私はあのインド人どもを全員ぶっ殺してやる。全員で突撃して、みなここで戦死するのだ」

 劉占副大隊長は発砲には反対していた。彼は連中がこっちに来るように仕向けるべきだと主張している。

「白兵戦なら仲間を救えるかもしれません」

彼は言った。

 こうして、ビルマ軍との戦闘における初めての白兵戦は、この十分後に展開されることになった。疲れ切って腹は空かしていても、憤怒に溢れた哀兵たちは、 劉占副大隊長の指揮の下、銃剣を装着して、木柵を開いた。インド人たちは我々が屈服したと思ったようで、木柵の先で我々が待ち受けていることを予期してい なかった。

「兄弟たち、かかれっ!」

 その号令でみなが狂ったように叫び出した。

 劉占副大隊長は真っ先に斬り込んだ。暗い夜、松明、山風、サルウィン河流域のすべての存在が、我々孤軍が発する惨烈な殺戮の叫び声を聞いたはずだ。

 白兵戦では、何も考えず、何も躊躇してはならない。一人一人が追い込まれて逃げ道を失った野獣のようであった。我々はこうしてこの戦いを何とか切り抜けたが、やはり死傷者が多く出た。鄒大隊長は大声を上げて泣いた。

 彼は捕虜となったビルマ兵を解き放ち、傭兵部隊のインド人は、この場で銃殺し、心肝を取り出して今は亡き戦友たちに捧げ、祀った。私と劉占副大隊長は負 傷して担架に載せられていて、彼は四日間も高熱を発し続けた。しかしその後、包帯で腕を吊って首に掛け、すぐさま戦線に復帰したのであった。





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