シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 阿卡花(アカ族の花)(6)

 
 彼女は相変わらず、なによりも大切にしなければならない存在のように、例の子供をしっかりと胸の前で抱きかかえている。彼女は私を見かけると、恐る恐るこう切り出した。

「先生。私、この家の近くに小さな草屋を建てて住みたいと思うんですけど、構わないでしょうか?」

 私は常日頃から、近くに住む人もいないようなこのあたりの辺鄙さに辟易としていて、誰かが引っ越してこないものかといつも思っていたのであった。そうしてくれれば一軒だけぽつんと建っている我が家で過ごす夜の恐怖を軽減させてくれるに違いない。私はもちろん即座に彼女の申し出を承諾した。

 アイナはやっとのことで、笑顔がこぼれんばかりの嬉しそうな表情を見せてくれた。子供を抱いているにもかかわらず、さっそく力強い足取りで山林に分け入って、草屋を建てる材料を切りに行った。そしてたいそうな努力の末、三日もしないうちに、我が家から数メートルの眼と鼻の先に彼女の草屋ができあがった。だいたい人の背より少し高いぐらいのその草屋は、室内を二つの部屋に区切ってあった。

 私はすぐさま我が家では古くなった大人用子供用各種の衣服と、少々古くなった鍋釜食器の類を彼女に贈った。その日から、彼女と彼女の子供はいつも影のように離れることなく、身を寄せ合ってその草屋に暮らすことになった。

 彼女はほぼ毎日、明るくなると山に入って薪を切った。あるときは短期の土方仕事などもこなしたりして、だいたい夜になると帰ってくる。母子二人で苦しいながらもなんとか平静な日々を送ることができているようであった。彼女はほとんど我が家に顔を出すことはなかったが、実は一人で過ごしている私の方がよほど寂しがりやなので、夕方の家事が一段落した頃には、彼女の草屋へ行ってあたりを覗くのが日課のようになっていた。

 彼女の草屋は、半分が割いて板状に開いた竹で床を作ってあり、あと半分は厨房と居間になっている。入り口の近くに石を寄せ集めた囲炉裏を作ってあり、その囲炉裏には夜通し薪がくべられて、その火のおかげでなんともいえない暖かさが漂っている。私はこの様子を見て、アイナ母子がこの草屋でなんとか恙なく暮らせていることに満足していた。

 しかししばらくすると、私はアイナが誰かから身を隠しているのが露骨にわかるようになってきた。今は彼女の草屋の門前となっている、我が家の敷地に、誰かが現れる気配を感じ取ると、彼女はすぐさま草屋に戻って子供を抱きかかえに行く。そして、その気配の主が私だとはっきりとわかるまでは、動悸を抑えきれないかのようにただ慌てているのであった。

 一体何がどうなっているのか、私にもはっきりとしたことはわからないのだ。彼女は何に対してこうまで身構えているのか。もしや彼女はどこかから逃れてきたのではないか。ならばどうして逃げなければならなかったのか。もし逃れる必要がないならば、一体何を警戒しているのだろうか。

 アイナはただ、母子二人でこんなふうに孤独な生活を送っているだけなのに。


シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 阿卡花(アカ族の花)(7)へ





関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ
Facebook Page
検索フォーム
ブログ記事一覧
プロフィール

deguchik

Author:deguchik
中国語で書かれた作品から、北タイやビルマ(ミャンマー)シャン州、黄金の三角地帯(ゴールデントライアングル)の歴史や風物を読み解いていきます。
個人のFACEBOOKページ
このサイトのFACEBOOKページ

Contact/ご連絡

Your name/お名前:
Your E-mail/メール:
Subject/件名:
Message/本文:

RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR