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克保(柏楊) 異域 (9)


 その日の夜、私と荘威は逃走した。共産党軍は穀物置き場で焚き火をしながら論功行賞をしていて、その営火は空を突くように燃え上がっていた。その時の雲南省西部の気候は、夜になると冬のように冷え込んだのだが、その火は元江での焚き火を思い起こさせるのであった。

 星々の中にある月のように、一人文展強が取り囲まれていた。彼は自分が捕虜であることも、立身の大義も忘れていたかのようであり、その心は汚損されていた。私はカーテン越しに、彼がぎこちない動きで共産党軍とともに歌うのを見た。全体がこの雰囲気に陶然としているときだった。彼は突然大声を張り上げた。

「毛主席万歳!」

 彼らは一瞬きょとんとしていた。彼らもまさかこんなに早く捕虜が転向するとは思っていなかったのではないだろうか。

だが、それに続けて叫んだ。

「毛主席万歳!」

 私は漆黒の中にあって、思わず戦慄している自分に気付いていた。私がもっとも敬愛する人のためなら、私は死んでも構わないとさえ思う。だが、あのように、神経が麻痺してしまったかのようなことは、とても私にはできない。

 しかし、この時代、文展強のような才能があればどこでも生きていけるだろうし、そういう人間にだけ、明るい前途が約束されていたのであった。

 共産党軍の歓呼と薪が燃えて爆ぜる音に隠れて、私と荘威は部屋から出て行った。いまにもはち切れんばかりの私の肝。荘威は私を、一人の解放軍の酔っ払い を介抱するかのように助けてくれて、我々はそのままよろよろと山道を登って行った。道なき山を、一歩登っては一息休み、ついに魔の手を逃れた。

 しかし、そうした逃避行にも、ことごとく苦労が待ち受けていた。私の頭痛は耐えきれないほどであったし、我々二人とも背中には鞭の跡がびっしりとついていて、この痛みは呼吸さえ困難にした。夜の風と真昼の灼熱。水もなく、食料もない。しかし何とか踏ん張って二日目の早朝まで持ちこたえた。

 我々は谷底にいて、二人で石の上に登って休んでいると、ふいに、前方のそれほど遠くない場所にいくつかの死体が見えた。死体のそばには、銃床が腐乱して銃身が錆びついてしまった歩兵銃が何丁かあり、頭のあたりには青天白日の帽章が見える。彼らは間違いなく三十八年に大陸から撤退した時に、道に迷った国軍の将兵である。そして、ここまでたどり着いたものの、飢え死にしたか凍え死にしたかのどちらかであろう。

 この衝撃は荘威が思わず両手で顔を被ったほどだった。私は、おそらくこの山谷を生きて出ることはできないのではないかと思った。妻と子供たちは、私がこんなふうに終わるとは想像すらしていないことだろう。私は荘威の手を引いて、一緒に死体のそばに行き、三回叩頭した。

私は言った。

「友よ…」

「私はあなたたちがどこの部隊かも知らないし、どうしてこんなところで死ぬことになったのかもわからない。でも、あなたたちはお国のために身を捧げた。私はあなたたちのためについ涙が出てしまう。もしあなたのご加護がなければ、おそらく我々二人ももうすぐあなたたちと同じようになるでしょう。もしあなたのご加護があれば、どうか妻子ある私を哀れんでください。こんな異域にあって、一筋の道を示してください。将来、また大陸に反攻するとき、私はきっと死なずに、山を越え、谷を越え、あなたたちをちゃんと葬るためにまたここへ戻ってきます。友よ、友よ、私の声が聞こえていますか」

 そしてまた叩頭して立ち上がると、すぐ目の前で旋風が巻き起こった。私と荘威は支え合いながらその旋風の後を追うように進んだ。しばらくすると、その旋風はふと消えたり、またふと現れたりしながら、山あいに沿うわけでもなく、ただ、元々道もないような谷底を前に進んでいくのであった。

 我々は敬虔な心で祈りながら、その後をついていった。やがて、我々が間道から紹興に出て、滄源を最後に撤退する警備の大隊と合流できたとき、その旋風はふと消えていた。私と荘威は再度、叩頭して拝み感謝した。だが、私には気になることがあった。果たして、私が死ぬまでに、彼らを葬りにいく機会などやって来るのであろうか。




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