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シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 龍鳳呈祥(きっといいことがあるさ)(6)

 
 指の関節が折れた場所からは、白い骨の周囲に薄紅色の小さな穴が見える。

 「あらちょっと、何をしているの?」

本当に見るに耐えない。私は思わず声を上げた。無数の蠅が部屋の中を飛び交っているが、それはまるで、どこへ逃げるべきか迷っているようだった。

 夫もこれには驚いて一瞬ぽかんとなってしまい、呆然としたまま言葉も出ない。

 だが孔三元は極めて勇敢であった。

「先生。人間はどうせ死ぬんです。あなたは私を憐れむ必要などありません。もちろん生命は大切なものです。私はまだ三十になっていないし、私だって死にたくはないですよ。だから、なんとかして生きるしかないんです。先生が仰る方法ならどんな方法でも試してみるつもりです。どうせ死んだ馬を生き返らせる医術なんですから」

 可哀想な孔三元、まったくあなたという人は……。

 それにしても、彼の心根はどうしてこうも善良なのであろうか。私は彼に死んでもらいたくなんかない。彼を生き延びさせるために私が出来ることなど、はたしてあるのだろうか。

 私は彼に精一杯同情しながらじっと彼を見つめていた。そして、記憶の糸をひたすらたどり、たどり、そしてさらにたどり続けている。あ、あった。そうだ。一つ覚えていることがあったのだ。昔、父親と漢方医の同僚たちが話しているのを耳にしたことがある。たしか、毒蛇を使ってらい病を治すことが出来るかという話であった。その漢方医たちの間でも名医で通っていた|呉伯伯《ウーボーボー》が言っていた。ある種の毒蛇で鶏を煮込み、それを食べればらい病治療に効果がある。だが惜しい。私は今タイの山奥にいる身だ。専門書や資料に当たろうにもそういうものは全くない。だがなんとかやってみる方法がないものだろうか。

 私は、その方法について話し始めた。

 夫は無表情にそれを聞いて、聞き終わると制止した。

「おまえ、そんな得体の知れない方法を他人に教えるんじゃない。おい、孔三元。おまえもこいつの法螺を真に受けるんじゃないぞ。毒蛇でらい病が治るなどと、まったく。かえってややこしいことになるのが見え見えだ。おまえ、そんなことを言って責任取れるのか。それに、孔三元、その方法を試すとしても、誰もおまえの命の保証などせんのだぞ!」

「そんな。曾先生に責任を負わせるなんてとんでもないです。私が結果に関するすべての責任を負うんですよ。自分の責任は自分で負います。いいんです。曾先生。ありがとうございます!」

孔三元は飛び上がらんばかりに喜んでいた。まるで不老不死の水を見つけた人間のように、喜び勇んで帰って行った。

 こうして、孔三元の苦難は今、私の心理的負担にもなっていったのである。もちろん、私が分担できることあればそうしたいと思ってのことだ。私は顔をしかめながら台所へ行き、心ここにあらずといった感じで野菜を刻んでいた。先ほど見た孔三元の人差し指を折り曲げる一幕が、何度も何度もまぶたに甦ってくる。

 夫が難しそうな顔をしながら台所に入ってきた。少々青ざめた顔をして、苛々しながら言った。

「何事にもきまじめに取り組むのはいい加減にしないか。インチキ薬にまで気合いを入れて、あとで面倒に巻き込まれるおれの立場にもなってみろ。人の命がかかっているんだ。何かあったらあとで責任が取りきれないぞ」

 私は黙って相手にしなかった。答えるのも面倒なことである。過去のことを振り返ってみても、私が彼を面倒に巻き込んだことなど一度もなかったからである。

 もっとも、私にしてもまったく後悔していなかったというわけでもない。先ほどはあまり深く考えもせず出任せのように言ってしまったからだ。私だって自信はないし、万一の事態が出来しないなどと、安心しきることはできない。なので私は何も言えなかったのであった。人命は天に関わることである。冗談が通じる分野ではない。

 だが私は、死んだ馬を生き返らせる医術ということで話を聞いている。

 「おまえはまったくもって残忍な女だ、それに冷酷な女だ……」

夫はくどくどと言い続けるために、言葉を探しているようだが、これ以上言葉で形容することが出来ないようであった。

 だが実は、夫は思いやりからそういうことを言っているわけではなく、彼はただ、私が他の異性と接触するのがおもしろくないだけなのであった。


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