シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 龍鳳呈祥(きっといいことがあるさ)(5)

 
 夫は私が押し黙った様子を見て、すでに鎮圧されたと思ったようだったが、まだ忿懣が残っているようで、

「今日のところはこれで勘弁しておいてやるが、おまえがそんな女だとは知らなかった。他人がおまえにいろいろきれい事を言っているようだが、その熱心さにほだされて、思わず若さの花も狂い咲きしましたってか。それで髪を下ろして少女のふりか」

 この言葉、許せるか許せないか、ぎりぎりのところだ。

 だが私は怒りに唇を噛みしめて、はさみを手に取ると、髪の毛をひっつかんでざくざくと切った。

 それから私は孔三元と会うことはほとんどなくなった。話では、彼は前線に行ったらしい。

 しばらくして、私はメーサロンの中国人学校に招聘された。その話に多くの人が驚いた。

「あのびっこの奥さんがちゃんと教えられるのか。幼稚園の先生だってろくに務まらないだろうに」

 だがそれでも私は、ビルマに違法入国して三年半。入獄したことだってある。その後荒れ地を耕して芥子を植え、やがて移民局に避難するという動乱の如き生活に、私はひとまず終止符を打つことができた。

 タイの難民村で中国人学校の教員を務めても、給料は知れているし、生活は相変わらず厳しい。だが、その良し悪しは別として生活は安定し始めていた。仕事の余暇は読書と執筆に消えていった。もともと控え目な性格でもあったから外出も少なく、異性との接触などはさらに少ない。よって、私は屍体となって木の枝に吊されることもなかった。

 しかし、孔三元の物語はこれで終わりではなかった。

 ある日の午後のことだ。私は台所で食事の準備をしていたとき、孔三元が風の如く現れ、何か言いながら家に駆け込んできた。

「先生!曾先生はいますか!」

 夫は先ほどまでベッドの上にいて、ぐびぐびと酒をあおっていたところだ。男の声を聞き、条件反射の如く飛び出してきた。

 夫は敵意に溢れた眼で孔三元を睨み付けている。恐ろしく冷酷な声で、「一体何の用だ」と尋ねている。

 「曾先生はいますか」孔三元は入ってくることもなく、入り口の近くに腰掛けた。

 夫は眉間に皺を寄せてさらに冷たい声を選んでいるが怒りを抑えられない様子で、

「貴様、うちの妻に何の用だと尋ねている」

 いまにも夫が孔三元を叩き出しかねないので、私はすぐに様子を見に行った。孔三元は私を見ると、とにかく大慌てで私に聞いた。

「ああ先生。今日初めて聞いたんですけど、あなたのお父さんは国内では有名な漢方医だそうですね。私はちょっと聞きたくてお邪魔したんですが、この私のらい病、漢方で治す方法はないですか?」

 なんだこいつは、どうも醜い奴だと思ったがらい病だったのか。夫は心の中で一安心したようであった。先ほどの警戒した様子はすでに消え去っている。

 若干不本意の様子だが、先ほどのような顔に表れていた筋肉の引きつりは消えている。だが、あまりおもしろくはないらしく、冷ややかに言った。「おまえになにがわかるんだ。無駄なことに神経を費やすんじゃない」

 孔三元はそんな夫を気にすることもなく、だが、依然として希望に満ち溢れた表情だ。そしてほとんど土下座せんばかりに私を拝み倒している。彼はなぜか自信満々であった。

「名漢方医のお嬢さんですからね、わからないなんてことがありますか。先生、なんでもいいんです。お願いですから知っていることを教えてください、どうせ死んだ馬を生き返らせる医術のようなものなんですから」

「でも、本当にごめんなさい。私は本当に何も知らないのよ」

私は心残りではあるが、ここは謝るしかなかった。もし過去に、今日こういうことがあるとわかっていたなら、父母の側にいたとき、父の秘伝の術をちゃんと勉強しておくんだったと思った。

「先生、お願いですから見殺しにしないでください。ほらこれを見てください」

孔三元はそういうと、十本の指が満たされていない両手を広げて左手の掌で右手の人差し指を指し示した。その人差し指をなんとか曲げようとするのだが、そのとき、第一関節が枯れ枝のように折れてしまった。


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