シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 龍鳳呈祥(きっといいことがあるさ)(4)

 
 私がそうしたことで躊躇しているとき、娘の眼が醒めたようだった。私は鏡と櫛を置いた。私は慌てていて、頭を後ろでまとめようと用意していた輪ゴムを忘れて、長い髪のまま子供をあやしに行った。

 そのとき、ちょうど夫の楊林が帰宅した。

「おいそこのおばさん。髪の毛を長く垂らして一体何のつもりだ。まったく人騒がせな」

 夫のこの一言で、私は恥ずかしくなってしまい、私はすぐに娘をベッドの上に下ろして、いつものように輪ゴムで髪を後ろにまとめた。私を老婦人のような雰囲気にするこの髪型、その髷のようなものを頭の上に載せているのは嫌だった。それに、どうして私は夫の視線を恐れているのだろうか。ただ髪の毛を長く垂らしただけなのに、たったそれだけのことも私の自由にならないのだろうか。

 私は納得がいかない。

「あなた、私のことをおばさんだなんて。私いくつよ?まだ二十三歳よ。なのにどれだけ老けているというのよ」

「結婚した女はそれだけでもう年寄りだろう。だから、髪を下ろしてはならんというのだ」

夫はその理由まで付け加えた。

 こういう言葉にはつい反感を覚えるし、心の中に沈めておいた不平不満を逆撫でするものである。

 私は頭に血が上った。そして夫に冷笑を浴びせた。

「ふん。あなたは知らないでしょうけど、メーサロンにはとても有名なユーモア大師がいるのよ。彼の名は孔三元」

 夫は私を訝しげに斜めから眺め見ているので、私はさらに故意に誇張した。

「その孔三元が、私のことを、若い、きれいだ、花のようだと褒めてくれたのよ」

 夫は初めの話には何とも思わないようだったが、後半の方を聞くとなにやらぴりぴりしてきた。くわえていたたばこを口から放し、

「おいおい、そいつに煽てられて、すっかり舞い上がってしまいましたってか。それでそんなにうきうきしているわけか」

と陰険な口調で言い始めた。

 まったく、この夫はどうして温情のかけらもないのだろうか。

 私は心ではそう訴えていたが、口では、

「それはいい気分だわよ。それだけじゃないわよ。髪を下ろすともっと美しくて若く見えるって!」

 夫はよその女にはへらへらと美辞麗句を述べているくせに、私だけは例外らしい。

 「それだけか?」

夫の硬直した冷たい声が刺さった。眉をしかめ唇の両端には皺が出来て、敏感にひくひくと動いている。

 「まだあるわよ。彼が言うには、私をもらったあなたはとても果報者だって!」

 「いい加減にしろ!」

夫の顔色が変わり、今にも殴りかかりそうであった。彼は切歯しながら私を睨み付けている。私はその様子に慄然とした。

 孔三元の言葉は私を煽てているだけであって、そこまで真剣に受け止めて彼を責めるような話ではないと思うのだ。怒る理由がよくわからない私は、心の中では醒めた目で夫を見ているが、口先では変わらぬ調子で続けている。

「あなたに私のような奥さんがいる、それであなたは果報者ではないの」

実際、孔三元の言わんとしていることはそれだけなのであった。

 バン!。竹で出来たテーブルを重々しく叩く音だ。険しい雰囲気はそろそろ収まってきているはずだが、夫の表情は怒りで青くなり、静脈が浮き出てきていて、歯ぎしりしながら言い募るのであった。

「そのとおりだとも。おれはどうせでたらめな夫だろうよ。ふん。なにが孔三元だ。その馬鹿野郎はどうも言葉が過ぎるようだ。くそったれ、男子たるもの妻一人欠けたぐらいで何が困るものか!」

 夫は私のことをその程度にしか思っていなかったのか。私はその話の意外さに千年の夢も覚める思いであった。私が夫に寄りかかるだけの存在であるならば、それは過ちを越えて、私はすでに卑賤の存在ではないか。

 私は呆然として、言葉は一言も出てこない。涙眼でぼやけた視野に、夫が一歩一歩近付いてくるのが見える。夫は私を指さして、いらつきながらゆっくり言った。

「おまえに言っておく。おれが善人であろうと悪人であろうと、一人の男子なのだ。おまえ、その男との付き合いはほどほどにしておけ。この地では、女は規律を守るものだ。ついこのあいだも、一人の人妻がある兵士と密通しているのを旦那に見つかって、大通りを下っていったところにある木の枝に屍体がぶら下がっていたんだぞ」

 あれほど醜いらい病患者の孔三元と密通とは、大したユーモアだが、私は仕方なく笑い出しそうになるのを堪えていた。本当は大いに笑って心の中の奥底にあるものをすっかり流してしまいたいのだが。


龍鳳呈祥(きっといいことがあるさ)(5)へ




関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ
Facebook Page
検索フォーム
ブログ記事一覧
プロフィール

deguchik

Author:deguchik
中国語で書かれた作品から、北タイやビルマ(ミャンマー)シャン州、黄金の三角地帯(ゴールデントライアングル)の歴史や風物を読み解いていきます。
個人のFACEBOOKページ
このサイトのFACEBOOKページ

Contact/ご連絡

Your name/お名前:
Your E-mail/メール:
Subject/件名:
Message/本文:

RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR