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シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 龍鳳呈祥(きっといいことがあるさ)(1)

 
 それは忘れもしない、私がメーサロンにやってきてまだ一年目のことだった。

 冬も終わりに近付いてきた頃の、ある昼下がり。メーサロンの陽光は格別に明るく、そして柔らかくて暖かった。私は一歳になったばかりの娘を抱いて、|存厚《ツンホウ》さんの家を訪ねようとしていた。土埃が舞う道をゆくと、ずっと先の脇の小径から突然早足の人影が現れた。

 眼を凝らして前を凝視する。ぼろぼろになった軍服を着たその人影は、肩に掛かるような長い髪をしていて、真っ黒く焼けた顔全体に、赤く腫れた豆粒ほどの大きさの吹き出物がびっしりとできている。白眼が大きくまぶたが真っ赤に反転している眼、獅子鼻、大きな口。一目見て、この形相を怖がらない人はいないだろう。だが、かれは目尻や眉の先にとても誠実で友好的な笑顔を浮かべているのである。

 私を見て、彼は即座に古い友人のように暖かい声を掛けた。

「先生!どちらへ?」

 彼のその顔に、私は実のところかなり驚いていたのだが、こうして声を掛けられると正直なところさらに驚かされていたのであった。さらにこのころ、私はまだメーサロンでは教員として教えていなかったのである。もっとも、ビルマにいた頃は一年ほど本当に教鞭を執っていたことがある。メーサロンにはやってきたばかりであって、半年前にすでにこの地にやってきていた夫の楊林と違い、私にとってはまだ見知らぬ土地なのであった。

 そういうわけで、ビルマから下ってきたばかりの私は、まだシャン族の装束を身につけていたのだった。腰巻きを穿き、髪も後ろで束ねていたのである。埃まみれでうだつが上がらず、田舎くさい雰囲気を全身から漂わせていた。それに、足に不自由がある奥さんということで、かなり目立っていた。足がいうことを聞かない人間が歩く様は、一目見て落ちぶれているし、そうした軽蔑や疑惑のこもった他人の評価は、私をさらに畏縮させていたのであった。

 この人の、このような率直で暖かい呼びかけには、実のところ、なにやら申し訳ないような気持ちになったし、さらにいえば、暖かい言葉にかえって戸惑ってしまったのであった。私はそれでもなんとかその恩に報いるべく笑顔で取り繕って、
「これから李先生の家に遊びに行くんです」と返した。

 この兵隊さんはなかなかどうして、飛び抜けて爽快な好男児なのであった。彼は自己紹介をした。

「先生。私は|孔三元《コンサンユァン》といいます。孔老夫子(孔子)の孔です。へへっ。でもね先生、私は孔子の末裔かもしれませんが、このとおり学がないもんで大という文字もろくに書けないんです」

 私はどう答えていいかもわからず、ただ笑うしかなかった。

 孔三元は私を穏やかな人間だと思ったらしい。そして、私と肩を並べてしばらく一緒に歩いた。彼は、話題がなければ話題を見つけるという感じで話しかけてくる。

「先生。もし他の人が、楊林先生の奥さんだと教えてくれなければ、こちらのお子さんをあなたの妹さんだと思ってしまうところでした」

 思わず照れた私は恥ずかしくて笑ってしまった。そのとおりなのだ。二十三歳の若い母親が一歳の娘を抱いている。たしかにまだ若い。言われてみれば残念なことである。

 孔三元は私が何も言わないのを見て、また言葉を続けた。

「先生。先生はまだお若いじゃないですか。どうして髪の毛を下ろさないんですか。もし髪の毛を下ろしたら、もっと若く見えると思いますよ」

 まったくもって持ち上げるのがうまい。それに言い方もおもしろいので、私はつられて笑ってしまった。もっとも、彼の美辞麗句は決して私の虚栄心を満足させたわけではない。むしろ、私はその言葉に溜め息を付いてしまったのであった。私は少々感慨深げに呟いた。「若い…か。他の人は、見たところ三十過ぎだなんて言うんだけど」確かにそうだろう。流れ流れてきた苦しい漂泊の生涯、その間に味わった苦労は、すっかり顔の上に刻み込まれている。それに内心に積もり積もった苦悶は、心の内側から私を老け込ませていたのである。それは、私の青春が早く終わってしまったという悲しみをもたらしていた。若さ、私にとってこの言葉は、とっくの昔に別れた古い友のようなものであった。

「なにをおっしゃるんですか!」

孔三元は忿懣やるかたなしといった感じで言い返してきた。

「私は見ればすぐにわかりますよ。先生はいい家のお嬢さんじゃないですか。なにか大変な事故があったから、足が不自由になったんではないですか?先生、私はとんだ粗忽者なもんでうまく言えませんが、簡単に言いますとね、あなたは霜に打たれた一輪の花なんですよ」


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