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シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 枇杷樹下驚魂記(枇杷の木の下で)(7)

 
 私は子供を背負ったまま慌てて外に飛び出した。外の強風はまるで人をも吹き飛ばしかねないような強さであった。

 娘は私の首にしがみついている。だが突然、驚いて泣き始めた。

「蛇だよ、お母さん。木の上に大きな蛇がいる!」

 砂埃が巻き上がるなか、確かに斑模様の大蛇が見える。ちょうど木の上から降りてきて、私たちの近くを掠めて便所の方へ行った。

 私は驚きのあまり眼を大きく見開いたきり、そのあとのことは記憶にない。

 あとでわかったことは、私は眩暈がして倒れてしまい、気が付いたときはおばさんの家で寝ていたのであった。娘は私の側でずっと泣き続けていて、私を取り囲むように見守っていた人たちが私が目覚めたのに気付き、

「何もないようだね。よかったよかった」と言っていた。

 彼らは私にどういういきさつで眩暈がして倒れたのか聞いてきた。しかし私は首をかしげ続けた。なぜなら今までにもたくさん笑われてきたし、蛇を見て気を失ったなどとは口が裂けても言えないからであった。

 その暴風雨は去っていったものの、私たちの家の中は洪水でびしょびしょになったも同然の状態であった。寝具や荷物など、家財道具は一様に濡れていないものはない。強風が捲り取っていった屋根は、何十メートも離れた丘の上まで飛ばされていて、よそ様が植えているトウモロコシをごっそりと薙ぎ倒していた。

 これでは当面家には住めない。私たちはおばさんの家にしばらく避難することにした。夫は人に会えば「強風に吹き飛ばされた草屋の歌」なる小唄を作って人前で歌っていた。だが、おばさんとおじさんは、その強風をただ事だとは思わず、あの蛇を殺したことが原因で、その報いとしてもたらされた禍だと思っていた。

 私たちはその後、三、四人の作業員に頼んで屋根の修理に取りかかった。

 |謝《シェ》さんと言う作業員がいて、彼はもともと山刀使いの名手として有名であった。だが、その日、彼は右手で山刀を振りかぶって、本来なら竹を切るつもりであったのだが、誤って山刀を彼の左手に振り下ろしてしまった。深さ半寸ほどの切り口がぱっくりと開き、肉片が飛び散った。血が海の如く流れ出て、彼はその痛みを堪えきれずすぐに医者に診せに行った。

 私は授業から戻ってその話を聞くや、申し訳ない気持ちと例の不安から、すぐに彼の見舞いに行った。

 謝さんは墓場の近くの忠烈祠の敷地内に住んでいて、その一帯は人家もまばらであった。そこへ向かう小径の両側には膝丈の雑草が生い茂っている。私は一人忠烈祠へ急いだ。忠烈祠の中に入ると、線香の煙が立ちこめていて、たくさんの位牌があった。ここの位牌はすべて戦死した孤軍兵士たちの霊位である。鎮魂の幟が立っていて、その下には黒い棺桶が堆く積まれている。中はひっそりとしていて人影もないし、肝心の謝さんも見あたらない。

 すると突然その幟の下から、ぼさぼさ髪の人間が起ち上がってきたので、私は思わず腰を抜かした。

 「先生。大丈夫です。私ですよ」一人の女性の声が聞こえる。

 よく見てみると、その人は謝さんの奥さんで、彼女は背中を曲げて幟の下を掃いていたのであった。


枇杷樹下驚魂記(枇杷の木の下で)(8)最終回へ




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