シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 枇杷樹下驚魂記(枇杷の木の下で)(4)

 
 夫もやかましい口が静まり、二度とあの蛇スープの馬鹿話をしなくなっていた。

 そして、しばらくの間は何事もなく暮らしていたのだが……。

 非常に暑いある一日のことであった。授業を終えて帰ってきた私はとても疲れ切っていた。私は教科書を机の上に放り投げると、暖簾をくぐって寝室へ入り、そのまま一眠りしようと思っていた。ベッドの上には藁屑が少々あったのだが、寝室の光はいつもより暗くて気付かなかったのであった。私は細かいことを考えず、タオルでベッドの上の藁屑をはらい終えると、疲れもあってそのまま仰向けにぐったりと横たわった。そして天井を眺めると、あの大蛇が梁の上にとぐろを巻いているのが眼に入った。大蛇は小さな、そして水晶玉のように透き通った冷たい眼で、こちらをじっと見下ろしているのであった。

 「なんてことなの!」

 私はこのとき、多くのことを考える暇もなく、本能的にベッドから身を起こし、ろくに靴も履かずに裸足のまま、授業の疲れでけだるい身体を引きずって寝室の外へ出た。

 暖簾が私の頭に引っかかっていることにも、すっかり気付かなかった。とにかく部屋の外へ出ることで精一杯なのであった。ドアの縁に頭を強くぶつけても、そのまま外に出ようとして、またその縁に頭をぶつけてしまい、転んで両膝をすりむいてしまった。

 怪我に慌てながらも不屈の意志で起ち上がり、やっと家の門の辺りまでたどり着いた私は、ちょうど家に戻ってきた夫と正面からぶつかり、二人の足が両方とも上に向いて転び、さらに私は転んだ夫の上に乗っかる格好となった。

 夫が手にしていた教科書はあたり一面にばらま彼、それでも夫は手を差し出して私を助け起こしてくれた。私を助け起こしながら夫は、

「おいどうした?ついに気でも狂ったか」と聞いたのであった。

「あなた、早く家に入って梁の上を見てきて」

私はなにもかもが尽き果てたような感じで無力な声を出して彼に言うと、そのまま腰を抜かして地面にへたり込み、しばらくそのまま起ち上がることができなくなっていた。

 夫は私の様子を見て、教科書も拾わず、ただ一言「おまえは早く祥林さんを呼んでくるんだ」と言ったあと、あの大きな野枇杷樹のあたりに立てかけてあった鋤を手に取るとぴょんぴょんと跳びはねるように家の入り口へ向かった。そして、そこから首を伸ばして中の様子を窺っている。

 あの大蛇は私たちの平和な毎日を完全に引っ掻き回し、我が家は今やおちおち寝食もできないほどになっている。そして、今のように大げさに現れ、しかもこんどは家の中にまで入ってきている。まったくもって、もう私たちの我慢の限界を超えつつあるのだ。

 夫は怒りに燃えて鋤を振り回し、梁の上の敵めがけて斬り込んでいるようであった。

 大蛇はゆったりとしなやかにその攻撃を躱し、鋤は空しく梁に当たり、ただそのたびに埃が舞い落ちてくるだけで、その埃はパラパラと落ちてきては夫の眼に入るのであった。

 祥林さんも鋤を抱えてやってきた。夫は目を擦り擦りしているが、二人で力を合わせて大蛇を包囲する作戦に出た。

 さらに、騒ぎを聞いたそば屋おばさんもおじさんもやってきた。彼ら二人は家の中の蛇狩りの情況を眼にして、

「叩いてはだめだぞ、家の中に入ってきた蛇は絶対に叩いてはならん。叩けば家に不幸が起きるんじゃ!」

と叫んでいる。


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