シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 枇杷樹下驚魂記(枇杷の木の下で)(3)

 
 その後何日間か、私はちょっとした物音にも反応し、雑草すらもなにやら意味ありげに見えてきて、気を緩める暇がなかった。一歩一歩と歩くたびに、注意深く様子を窺うのである。私は日頃、眼鏡を掛けるのが好きではないのだが、このときばかりは眼鏡は私にとって護身符のようになっていたため、一時も外さないようにしていた。

 夫は毎日授業が終わって家に帰ってくると、ふざけて言うのであった。

「その蛇もおれ様という大元帥に一喝されたからおいそれとは出てこないだろう。あとで報復のためにおれの王座を狙いに来るかもな。はっはっは」

私が相手にしないのを見ると、わざと私に嫌みになるような言い方をする。

「だから、おれは、つまらぬ迷信に惑わされるなと言っているのだ。その程度のことでいちいち驚いていては、この先あっという間に気が狂ってしまうぞ」

 ある日のこと。彼が相変わらず嬉嬉として私を小馬鹿にしていたときである。三歳の娘がお尻を丸出しにして、泣き叫びながらこちらに駆けてきた。娘の顔はすっかり青ざめている。泣きながら、

「便所の前に色つきの肉の塊がもこもこ動いてるよ。便所に入れないよぉ」

と言っている。子供の目には肉の塊に見えたのだ。

 私は一瞬呆然としてしまったが、それでも娘を抱き留めた。

 これを聞いた夫の形相が変わった。先ほどの笑い顔はまったく影形もない。唾をごくりと飲み込んだ。もしかしたら、蛇スープの味を思い浮かべていたのかもしれないが、そうでなければ娘のことで気合いを入れたのだろうか。彼は引き締まった表情で私に言った。

「祥林さんを呼んでくるんだ!」

 私は彼を睨み付けた。

「この無駄口男。さっきの勢いはどこへ行ったのよ。全部あんたが悪いんだからね!」

 夫は血相を変えて飛び出していった。私は注意深く娘をしっかり抱いて、彼のだいぶ後を追った。あの大蛇はとぐろを巻いていて、その大きさは腰の高さぐらいにも見える。つまりそれが便所の入り口を塞いでいるのであった。邪悪な気配を漂わせながら、とぐろ巻きの頂点に恐るべき毒蛇の印である三角形の鎌首を立て、濃い紫色の舌をぺろぺろ出し入れしている。私は怖くなって子供を連れてすぐに母屋に戻った。

 夫はしばらく為す術もなく喚き叫んでいたが、それなりの指示を出すことも忘れなかった。

「山刀を持ってくるんだ、早く山刀を持ってこい!」

そして山刀を手にして、大蛇に向かって前に数歩進むと、こんどは、

「あ、やっぱりだめだ。祥林さんにライフルを持ってきてもらえ」

などと言い出す始末で、そのまま振り向いて、ウサギよりも速くすっ飛んで行ってしまった。

 そして、祥林さんがライフルを持って駆けつけてくると、こんどはその大蛇の方の姿が見えなくなってしまった。

 私はといえば、実のところこの家に住む度胸がなくなってきていたので、子供を連れて友人の家に泊まりに行った。夫はそれでも居残ると言い張り、胸を叩いて言った。

「なんともないぜ。おれは男だ、強いんだ。蛇なんか怖くはないぞ!」

 それから十日が過ぎたが、あの蛇は一向に現れる気配がない。思うにすでに別な場所に行ってしまったのではないだろうか。友人宅に泊まり続けるのも、決して長期的な計画というわけではなかったし、私と娘は家に戻ることにした。


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