スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 芳鄰(佳き隣人)(10)最終回

 
 私はその言い方に少々かちんと来た。そして心の中では思っていた。

「自分の子供を売りに出すくせに、犬を売れないとは。頭がどうかしてしまったんではないだろうか……」

 それに考えてみると、この子犬はどう考えても一匹二十バーツもしないのであった。ヤングードゥー夫婦はこの二匹の子犬を自分の赤ん坊のように抱いているが、こうした気持ちを自分の実の子供に対して抱くことはないのだろうか。

 ヤングードゥー夫婦はバナナを下ろした。私は市価でそのバナナの代金を支払い、それに加えて、多少の米と漬物を上乗せして彼らにあげた。もし夫が家にいなくて、ヤングードゥーが半分だけ残った酒を欲しいと言ったら、私はおそらくこれも彼にあげていたに違いない。

 それからしばらく経ち、私は子供を連れて夕方の散歩に出掛けた。そしてそのまま祥林さんの家までやってきた。

 祥林さんの奥さんが私にある出来事を教えてくれた。

「あのヤングードゥーなんだけどね。四人の子供を全部売ってしまったらしいわよ。それで、その代わりに二匹の子犬を飼っているらしいの。でも彼らは犬にあげる餌が買えなくて、仕方なく山に入っていって芋を掘ってきて、それを煮て犬にあげているらしいのよ。昼間は外に仕事に出掛けたり山に薪を切りに行くんだけど、その子犬をいつも籠に入れて連れて歩くそうなのよ。それでね、夜はその犬を抱いて眠るんだけど、夜になって、トイレに行くときは、夫婦揃ってついて行くらしいわ。寒い夜には真夜中でも起き出して、犬のために薪をくべるんですって。もう、あの人たちは大変よねぇ」

 祥林さんの奥さんのこの話を聞いて、私は何ともいえない苦みが胸の中に走っている。私はヤングードゥーがかつて私に言った言葉を思い出していた。

「子供を人に売れば、子供には食べる物と着る物がありますが、自分たちと一緒にいれば、凍え、飢えという羽目になるんです……」

 ヤングードゥーのような人は、ものごとの考え方がとても単純なのである。私は彼の子供たちが親と一緒にその芋を食べる方がよかったのではないかと思った。さらには、彼が愛するその二匹の犬のようになれれば、それはそれで幸せだったのではないだろうかとも思った。そして、なによりも、人に売られて奴隷になるなど絶対にあってはならないことだと思った。

 愚かで、可哀想なヤングードゥー。彼は自分が蒔いた種がついに苦い実を付け、今それを味わうことになったのではないだろうか。彼の心の奥底に刻まれた、どうにもならない現実と為す術のない苦しみ。それはきっと彼に生涯つきまとうことになるに違いない。


【芳鄰(佳き隣人) 完】




関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ
Facebook Page
検索フォーム
ブログ記事一覧
プロフィール

deguchik

Author:deguchik
中国語で書かれた作品から、北タイやビルマ(ミャンマー)シャン州、黄金の三角地帯(ゴールデントライアングル)の歴史や風物を読み解いていきます。
個人のFACEBOOKページ
このサイトのFACEBOOKページ

Contact/ご連絡

Your name/お名前:
Your E-mail/メール:
Subject/件名:
Message/本文:

RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。