シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 芳鄰(佳き隣人)(2)

 
 聞こえたのが夫の声だったので、まだ動悸が止まらないながらも毛布から頭を出した私は、怒りも忘れ、ただ、震える声で聞いた。

「ああ、びっくりした。どうやって入ってきたのよ?」

「窓から入ってくるわけがないだろう。おまえ、幽霊がどうしたとか、気でもおかしくなったのか。何を叫んでるんだ」

「あなた、耳を澄ませて聞いてみてよ。誰もいないはずの後ろの草屋で誰かが水煙管を使っているのよ」

私は助けを求めるように彼に言った。

 夫は何にも臆することなく首をかしげ、注意深くその音を聞いていた。そしてそのぷくぷくという音は今でも聞こえてくる。こんな奇怪な音を夜中に聞かされたら、誰でも恐怖を感じるはずであった。

 「あなたにも聞こえるでしょ?本当にびっくりさせらたわ」

私の心臓はまだばくばく音を立てている。夫が夜遅くなっても帰ってこないことを責める気持ちなど、とうに忘れてしまっていた。

「なかなか帰ってこないから、もう怖くて死にそうだったんだから」

哀れな声で夫にそう言った。

 だが夫は懐中電灯を手にして言った。

「おれはこういう邪なものは信じないんだよ。おれが見に行ってくる!」

そう言うと、私が止める間もなく出て行ってしまった。

 片時の後、家の裏の方から夫の怒鳴り声が聞こえた。それに続いて、もごもごと言葉にならないような声で、言い訳をしている声も聞こえてきた。果たして、幽霊さえもこの夫を恐れたのだろうか。だが、その声は徐々に小さくなっていき、やがて苦しそうに切々と哀願しているような声に変わっていった。

 しばらくして夫が戻ってきた。

「驚かせたわりには大したことはなかったな。何が幽霊だ。リス族だ。|菫家塞《ドンジアサイ》からこっちに来たらしい。男が言うには、昼間に豚を売って五百バーツほど手にしたのだが、金目当てで襲われるのが怖くて、その夜にこっちへ引っ越してきたんだそうだ」

 私はそれを聞いてやっと一息つくことができた。これで幽霊騒動はあっさりと消え去っていったのだった。

 それは、こういうことである。ヤングードゥーというそのリス族の男で、彼と妻、それに四人の子供がいる。そして彼らは私たちの隣家ということになったわけである。

 ヤングードゥーの一家が我が家の裏で賑やかに暮らしてくれるおかげで、もし夫が何日も家を留守にしたとしても、私は心強く思えるようになったのであった。私はこの隣人を心から歓迎した。私たちの家は大きな敷地にぽつんと一軒だけ建っているので、まるで集落の中に一軒だけで住んでいるような感じであった。この辺鄙な感じがとても寂しかったのである。一人の女に一人の娘がたった二人でこうした場所に住むのは確かに怖いものがあった。私たちにはすぐ近くに住んでくれる隣人が必要であった。

 ヤングードゥーの一家はまさしく赤貧であった。他人の家の仕事を手伝いに行ったり、山で薪を拾って売ることで、なんとか日々凌いでいるといった情況であった。一日なんとか食べられたら、それだけでも一家にとっては恵まれているという感じである。残念なのは、ヤングードゥーとその妻が、両方とも阿片を吸引していることである。もっとも、別な見方をすれば、黄金の三角地帯では阿片が安すぎるため、貧しく苦しい山岳民族で阿片を吸引する人が多いともいえる。そして、阿片を吸引すれば、それは彼らをさらなる赤貧の極地に陥れるのであった。


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