シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 人蜂大戦(2)

 
 娘が眼鏡を持ってすっ飛んできた。娘は眼をかっと見開いて「蜂、蜂、お父さんが蜂に刺されちゃった!」などと叫んでいる。

 眼鏡をかけてあらためて見てみると、恐れていたとおり、たくさんの蜂が気勢を上げて楊林を追い立てている。まさに猛攻を加えているといった感じであった。

 なるほど、蜂の巣を突いてしまったのか。こればかりはどんなに勇ましい男でも打つ手がないであろう。

 「とにかく速く逃げるのよ!バカね!上着を脱いで頭をくるむのよ!」

 「馬鹿野郎!」楊林は憎らしそうに一言言い返した。

彼はその身がいかなる危機に置かれていても、罵ることだけは決して忘れない男なのであった。

 しかしよく見ると彼は半袖のシャツを一枚着ているだけで、それを脱いでしまったら上半身は蜂に刺され放題になってしまうのであった。

 彼の鬼気迫る悲鳴と叫び声は、隣家のお爺さんと祥林さんの耳にも届いた。二人はともに現場へ駆けつけると、とっさの判断で、丘の中腹あたりに移動して、別な火の手を上げて後ろの蜂たちを遮断した。楊林はそれによってなんとか蜂の包囲を振り切ったのであった。

 助けられた楊林は奥歯をがくがくと鳴らしながらも、なんとか丘の上に這い上がってきた。「痛ぇよう、痛ぇよう」と泣きそうな顔で、涙声とも怒りともつかない声を張り上げている。

 私も急いで彼を助けに行った。おそろしや。彼は蜂に刺されて顔がぶくぶくに膨れあがって、顔全体が、まるで体を為していないほどであった。下唇が膨れて反対側にめくれ上がっているので口を閉じることもできないのであった。左頬は腫れで一寸の高さほどに大きくなっていて、鼻の高さと同じぐらいになっている。片一方の目は大きくなり、もう一方は小さくなっていて、額の両端も丘陵のように膨れあがってしまっている。露出していた二の腕は、所々に突起のような腫れができている。

 祥林さんはこの様子を見ているうちに、堪えきれなくなって笑い出してしまった。お爺さんも、下をうつむいて笑っているようだ。

 私は日頃から喜怒哀楽を表に出さない訓練がまるでできていない女である。それに夫の、このような泣くに泣けない哀れな姿を見ていると、笑いの神経が大いに刺激されてしまった。妻として賢淑でないことを責められることなどまったく忘れ、耐えきれずに思わず大笑いしてしまったのであった。

 お爺さんは手で私の口を押さえて、もう一方の手で私の方を揺さぶった。おそらく、笑ってはいけないよという意味であったのだろう。しかし、祥林さんは少し離れたところにいるが、やはり彼も笑いすぎて息ができなくなってしまっている。

 夫の楊林は笑い転げる私たちを見て、怒りまくって気を吐いた。

「笑ってる場合か!」彼は私たちの同情心のなさを心から恨んでいるのであった。


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