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シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 断魂辣(魂が消し飛ぶ唐辛子)(8)

 
 だが、宋さんはなぜか突然大声を上げて笑い出した。

「まったくもう。一度に五本も入れる人なんて、今まで聞いたこともないわ。普通だったら、ちょっと舐めただけでも魂が消し飛ぶものよ。」

 魂が消し飛ぶ!。魂が消し飛ぶ唐辛子!。宋さんのこの比喩はまさしく、あの唐辛子の辛みの凄さを見事に言い表していた。そして彼女は笑い出している。何がおかしいのだろうか。あまりの出来事に気がおかしくなってしまったのだろうか。私は迷いながら、試しに聞いてみた。

「あの、宋さん。お宅の豚のことなんだけど、私が……」

「大丈夫よ。大丈夫よ。食べてしまったのが浸し唐辛子で、猫イラズじゃなければそれでいいのよ。心配ないわ」

ご主人も傍らでほっとしている。それどころか、逆に私のことを慰めてくれるのであった。

「この豚は、腹痛がひとしきり済めば、なんともないよ。所詮は畜生じゃないか。そんなにひ弱なはずがないさ」

 私は宋さんの様子を窺っていた。彼女は相変わらず笑いが止まらないようであった。彼女は何事もなかったかのように飼い葉桶の豚の餌をひっくり返して、私の方を指さして豚に語りかけている。

「あらあら。あなたたち、曾先生を見てご覧なさい。一気に五本も食べようとしたのよ。五本もよ!」

彼女の口ぶりでは、つまりこういうことを言いたいらしい。

「あなたたち、曾先生を見てごらん。もう本当に愚かなこときわまりないわ!」

 彼女は豚の餌を交換するために台所へ戻って行った。笑い声はまだ収まらないようで、こちらまで聞こえてくる。ここまできて、私はやっと彼女の豚が死なないことを確信できたのであった。心の中にのしかかっていた重しが取れたようだった。

 そしてなお宋さんは笑い続けている。耳に届く彼女の笑い声に私は感極まった。そればかりか、とても親しげであり、それはまた感動的で、私の肩の荷を下ろしてくれるような笑い声なのであった。

 さて、一方、あの運の悪い豚たちはどうなったのであろうか。私を寛容に許してくれる度量など持ち合わせていないように思える。見るからに私に対して挑戦的な態度を取っているように感じてしまう。非力な豚なりに私を見返しているのだろうか。その私に迫ってくるようなヒステリックな鳴き声は、

「おまえに言っておくが、あの唐辛子のせいで胃腸に穴が開きそうだったんだからな!」

とでも言っているようであった。豚の鳴き声がそんなふうに聞こえるので、豚の鳴き声を聞くと、思わずどきりとしてしまうのであった。

 豚たちは、夜通し抗議の声を上げ続け、朝日が昇る頃にはだんだん静かになっていった。

 そして翌日。私はちょっと早めに起き出して、いそいそと豚たちの様子を見に行った。そのいつもとあまり変哲のない顔を確認してみると、彼らの血走った目には大きな苦難を乗り切った余韻のようなものが窺えた。胴回りにしても、心持ち細くなったようにも見え、憔悴しているような印象を受けた。私はそのあと、桶いっぱいのトウモロコシを買い、宋さんに贈り、せめてもの償いとしたのであった。

 しばらく経ったある日のこと。私は道であの「魂が消し飛ぶ唐辛子」を売っているアカ族のお婆さんに出会った。彼女は身振り手振りで、あの唐辛子の味はどうだったかと聞いている。

 私は彼女が以前に見せてくれた、辛さで死にそうになる人間の動作を演じて見せた。それから彼女に言った。あなたの唐辛子、安く売りすぎよ。あんなに凄い食べ物は、十本一バーツではなくて、一本十バーツで売るべきよ、と。お婆さんは嬉しそうに私を見ている。その様子は彼女の古い友人と再会したかのようだ。そして、私たちは二人して大声で笑い合ったのであった。

 私は信じている。このような、世界でも最も辛いはずの唐辛子を味わう機会は、すべての人間に訪れるものではないだろう。
 そして私は思う。この唐辛子を「浸し唐辛子」などと呼ぶのは、その恐るべき辛さの形容としては生ぬるい表現であると。この唐辛子はやはり「|断魂辣《ドゥァンホンラー》、魂が消し飛ぶ唐辛子」の名で呼ぶのがふさわしいと思っているのである。


【断魂辣 完】





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