シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 藍色的枸閙花(ゴウナオの青い花)(10)

 
 
 ヘンリーさんの口は大きく開いたままになっている。二匹の壁蝨がまだ飲み込まれずにいるのが見えた。一匹は彼の上顎にへばりつき、もう一匹はまだ舌の上にしがみついているのだ。

 このような悪夢のごとき一幕を目の当たりにした学生たちは、眉を顰めた顔を互いに見合わせている。なかには表情にわずかな笑顔が掠めた者もいたが、だいたいが気持ち悪さに耐えきれなくなって地面に唾を吐いていた。

 私にできることは何もない。ただ肩を張ってしっかりと自分を保って見せながら、実は心の中ではヘンリーさんのことをとてもとても心配していたのであった。率直なところ、私もこの気色の悪さに吐きそうであった。女子学生の中には実際に嘔吐している者もいた。

 壁蝨入りの薬酒の味はどんなものだろうか。それは神のみぞ知る滋味であろう。ふと想像しようとしては、すぐに慌てて想像を打ち消すしかない瓢箪の中の薬酒。いったいどのような得体の知れない不気味なものどもを漬け込んだ酒であろうか。気にはなるが、その正体は絶対に見たくはないものだ。だが、眼で見られないからといって、心の中の煩わしさは消えないのであった。(後に聞いたところでは、その黄褐色の液の正体は薬酒などではなく、アカ族の大人の小便であったらしい)

 私たちをここに連れてきた例のアカ族男性は、このときは神妙な表情であった。彼はなぜか自信に満ちた感じで私の腕時計を指さした。つまり、しばらく待てば結果が出ることを知らせたのである。

 ヘンリーさんの騒ぎも醒めやらぬ雰囲気の中、こんどはその近くの空き地に、数名のアカ族男性が、どこからか引きずり出してきた一匹の犬を押さえつけ、その犬の頭を棍棒で死ぬまで殴りつけた。

 そして一人が前足を持ち、もう一人が後ろ足を持ち、その死んだ犬を焚き火の上でゆらゆらと動かして焙り始めた。周囲の空気には、その犬の毛が燃えて、焦げた臭いが立ちこめている。

 叩き殺されたその犬はそうして焼かれていたが、しばらくすると、焼け焦げた真っ黒い塊のような状態になっていた。だが、牙が剥き出しになった唇は半開きになっていて、そこから血の混じった液体が滴り落ちている様子は、極限の恐怖を感じさせたのである。

 それから彼らは木を切り倒すときに使うような長い山刀で、その焼け焦げた犬の表皮を削り取ってから、何度も何度も水ですすぎ、腹を割って内臓を取り出した。死んだ犬の血の臭いを嗅ぎ付けた、周囲にいる腹を空かせた犬たちの一群がその周りをばらばらに飛び回っている。

 一人の男性がそこら辺に落ちている木を拾ってくると、それまな板にしてその上にバナナの葉を敷き、先ほどの山刀で犬を解体し始めた。

 彼らは大きな石を三つ寄せ集めて焚き火を取り囲むように置き、その上に大きな鉄鍋を載せた。バナナの葉の上でバラバラにされた犬肉の塊は、一切れまた一切れとその鍋の中に放り込まれていく。水は足さず、少々の塩を振って乾煎りにしようとしていた。

 そんなときであった、一人の学生が歓声を上げた。飲ませた壁蝨酒にヘンリーさんが反応して、彼は突然嘔吐し始めたのであった。

 ヘンリーさんは黒ずんだ血の塊のようなものを吐き出しているが、その吐き出された血はすでに大きな水溜まりのようになっている。

 吐き終わったものの、彼の眼は固く閉じられたままで、まだ気が付いたようには見えない。だが、彼の身には明らかな変化が見られた。彼の呼吸が正常に戻ってきているようなのである。



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