シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 藍色的枸閙花(ゴウナオの青い花)(6)

 
 私たちはその峡谷へと入っていく。そして大きく曲がったところで大きく視野が開けた。と、同時に、私たちの心の奥まで染みわたるような、素晴らしい花の香りに包まれた。峡谷の中はとても静かで、むしろその静けさのせいで、私たちは逆に鳥肌が立ったぐらいであった。だが緊張していたためか、みなその縷々とした芳香に注意する余裕はなかったのである。

 ほんの少し分け入ったころ、前方の男子学生が声を上げた。

「先生!ほらそこです。ヘンリーさんがその先で横たわっています」

 みなが見回すとすぐ眼の前の草地にヘンリーさんが横たわっている。その様子はまるで昏々と眠ったまま眼が醒めないような感じで、彼のカメラは首に掛かったままで、また、彼のノートやペンはその横に放り投げられていた。こうした様子から想像するに、彼は少し前に何かの閃きを得てノートを引っ張り出し、なにやら少なくないメモを書き込んでいたようであった。

 みなは一斉に駆け寄って、一人の体の大きな男子学生がヘンリーさんを抱き起こした。私は彼の鼻息と脈拍を確認したが、彼の脈はゆっくりと、だが若干不規則に脈打っていて、呼吸はかなり弱っていた。しかし彼の衣服に乱れはなく、どこにもほつれや破れが見当たらないし、怪我をしている様子もない。そして彼の顔は自然な眠りに落ちているように安らかで、表情にも特に大きな変化はないのだが、ときどき目尻がぴくぴくと動いている。

 彼はきっと一時的に気を失っているだけに違いない。おそらく暑気に当たったのではないだろうか。

 みなは口々にヘンリーさんの名を呼びかけ、冷たい水を彼の額に掛けて目を醒まさせようとしている。

 また、ある学生は、彼に人工呼吸をすべきだといいだした。

 それはなかなかいいアイディアだと思った。一昨日の「健康教育」の授業で、私は彼らに人工呼吸について教えたばかりであったからだ。何人かの学生がさっそく人工呼吸の準備に取りかかった。

 だがそのとき、突然、私は眩暈や吐き気を伴う不愉快な感覚に襲われた。と同時に数名の学生も同様の症状を訴え始めたのであった。

 天気はたしかに暑い。暑気に当たるのも無理はないだろう。しかし、暑気あたりはみなが普通に予想しうることであって、それ自体は別に深刻な事故とは言い難い。ヘンリーさんの身に私たちを驚かすような事故が起きたというわけではないのだ。みなそれがわかって心が軽くなったのであった。

 ちょうどそのとき、先ほどのアカ族の男性が奇妙な叫び声を上げながら、取るものも取りあえずこちらに駆け寄ってきた。私たちとの間に七、八メートルの距離をおいて彼はその場で足を止めて立ち止まり、そこでこちらの注意を惹くように大げさに体を動かしながら相変わらず声を張り上げている。手を大きく振っている動作は、私たちに速くこの場を離れるように訴えているようである。

 一方の私たちはただ呆然と彼のそんな様子を眺めているだけであった。どうせアカ族の迷信に違いない。さもなくば、この場所はアカ族たちの聖なる場所か何かだろう。そんなふうにたかを括っていたのであった。

 だが叫び続けている彼をどうするか。別に叫ばせておけばいいじゃないか。そんなことよりもまずはとにかく、ヘンリーさんの救出が最優先なのだ。

 アカ族の男性は悩み抜いたあげく、ついに意を決してこちらに歩いてこようとしている。何歩か踏み込んでは、また恐れて後ろに下がってしまう。そうして、そのあたりでうろうろ、ばたばたしながら叫ぶ様子は、まるで激怒している一匹の猿を見ているようで、何名かの学生はその様子を見て笑ってさえいるのだった。

 しかし、彼の様子はさらなる怒りで爆発しそうであった。



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