シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 藍色的枸閙花(ゴウナオの青い花)(4)

 
 私の説明が終わると、ヘンリーさんは呆然としながら答えた。

「ああ、なるほど。私はずっとそれがわからなかったんです。どうしてタイ人の家のトイレには水瓶が置いてあるのだろうか。私はそれがてっきり入浴用だと思っていたもんですから。あれはもともとトイレを流すためのものだったんですね」

 みなは思わず笑った。ヘンリーさんの笑い声が一番大きかったように思う。

 ヘンリーさんがやってきて二日目。私たちはヘンリーさんと学生たちを連れて遠足に出掛けることになった。

 学生たちはみなヘンリーさんのことをとても気に入っていて、前に後ろにと、何かといえば彼につきまとい、片言の英語を交えたりしながら彼と話している、まるでその様は、この機会を逃さず実地で英語の訓練をしようとしているかのようであった。

 一時間ほど歩くと、人里の気配もかなり希薄になってくる。そうして私たちはやがて密林の中へ分け入っていた。

 私たちはやがて、川底が見えるほど水がきれいな小川にたどり着いたのであった。渓流のそばにはなめらかな苔がびっしりと均等に生えている。みなは荷物を置くと、喜び勇んで渓流のせせらぎで顔を洗い、みなで掛け合ってふざけている。それからみなで食事の後、自由行動ということになっていた。

 午後二時になった。私たちはみな集合してさあ帰ろうというときになって、一人一人の顔を眺めているとなぜかヘンリーさんが見当たらないのであった。ある学生は、ヘンリーさんはモンアン(※訳注、メーサロン付近の村)あたりを通って、そのまま山道を歩いてチェンマイ方面へ戻ったのではないかなどと当てずっぽうの推理をしている。

 だがそんなことがあるはずがない。彼の大きなリュックサックはここに起きっぱなしになっているではないか。

 しばらく待ってみてもヘンリーさんが戻ってくる様子はない。彼がどこに行ってしまったのか、誰にも見当が付かないのであった。

 私は男子学生をいくつかの班に分けて周囲を捜索させ、女子学生には付近で呼びかけさせることにした。

 このようにして焦りながらもあっという間に一時間以上が過ぎていった。周辺の捜索に出た男子学生たちが続々と戻ってくるのだが、ヘンリーさんは依然として見つからないままなのであった。

 ヘンリーさんは一体どこに行ってしまったのだろうか。まさかさっさと一人でメーサロンへ戻っていったのだろうか。

 だが彼がそんな礼儀知らずのはずがない。

 学生たちはそろそろ家に帰りたくなってきていた。持ってきたお弁当はすでに食べ終わっていたし、体力の消耗も激しい。学生たちは落ち込む士気のせいか恨み言を言い始め、中には先に帰って様子を見ようと言い出す者さえ出てくる始末であった。

 しかし、この土地に馴染みのない外国人を一人置いていくわけにはいかない。もし彼に万一のことがあったらどうするのだ。一期一会の出会いとはいえ、人としての道義を失ってはならないのである。

 そうしたわけで、学生の多くがヘンリーさんの安否を確認することに全力を挙げることに賛成している。

 みなを少人数に編成し直し、もう一度探しに行こうとしていたときであった。一人のアカ族の男性が林の奥の方から駆けてきた。彼の慌てぶりからみて、彼はヘンリーさんの安否に関する消息を持ってきたに違いない。

 このアカ族の男性は立ち止まる間もないほどに慌ただしく、息をぜいぜい言わせながらあーだのいーだのと言葉にならない言葉で説明しようとしている。

 みな彼の言うことが気になっているので取り囲んで注意深く聞くのだが、困ったことに彼が何を言っているのかさっぱりわからない。だが、私たちには彼がヘンリーさんのことについて何かを話しているとしか思えないのであった。

 さらに、彼のその慌てようを見れば、ヘンリーさんがただならぬ情況に置かれていることは明かであった。



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