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シャン州をさまよった女流作家 曾焔の伝奇小説 人参果 (6)

 
 私は背筋をまっすぐ伸ばして胸を張り、頭をしっかりと上に持ち上げた。憤怒と涙は共に、敢えて腹の奥深くに呑み込んだ。怒りを堪えながら言葉を返した。「申し訳ありません。私はただ彼女たちの近所に住んでいるだけなんです。そうした判断を下す権利がありません」

 言い終わると、私は玉冷の手を引き、鄭先生は玉清の手を引き、振り返ることなくさっさとその場をあとにした。

 娘たちを養女にほしいという話は、母親の耳にも入ったようだった。だが彼女は息絶え絶えであっても、また、多くを喋る気力がなくても、泣きながら私たちに哀訴した。娘たちを里子に出すのはやめてほしい。自分が死んで、残された娘たちが物乞いに身を落としたとしても、娘たちを虎口に送り込むようなことがあってはならないと言った。

 この世はまるで、天も見えず道ゆく人もいない一本の茨の道のようである。私たちは彼女に伝えた。彼女にもしものことがあっても、私たちがなんとか方法を考えて娘さんたちを孤児院に入れるようにする。孤児院は決して完璧な場所とはいえないかもしれないが、少なくとも世間の悪しき毒を持った人間から子供たちを遠ざけることができると。北タイの苦難は、衣食足りないことだけでは済まされない。人間の善良さや道徳と真理までもが日を追うごとに弱っていき、ついには消滅してしまいかねないこともまたそうである。

 ロンサイワイ村長と、村の主だった人々は、今回の一件を警戒して話し合いを始めた。皆が輪番でこの母親を見舞うことを取り決めた。彼らは、招かれざる客がやってきて、この二人の娘を誘拐することを警戒していたのである。

 ロンサイワイ村長の一家は、いまでもこの母親に食事を送り届けている。玉清は家に残ってこの母親の面倒を見て、小さな玉冷は私たちの家に住むことになった。私は玉冷に学校の制服、鞄や文具などを買い与えて、私の二人の娘たちと一緒に近くのタイ人の学校へ通わせた。

 だが、玉冷は登校するのが好きではないようだった。それに、タイ人の子供たちは彼女と一緒に遊ばない。その理由は、彼女が父親の両耳たぶに穴を開けてひもを通し、それをお守りのようにいつも首から提げているからであった。

 この強い女の子は、死んでもこの父親の耳たぶを外すつもりがないのであった。玉冷は、いつも家にいることを嫌がっていた。私が昼間はいつも家で本を読んだり文章を書いたりしているので、この子に構ってあげる時間がなかったからかもしれない。毎日の食事が終わると、玉冷は我が家の一階で、飼い犬のパンパンとひととおり遊ぶと、いつのまにか、こっそりと実家に帰って、重病の母親に付いていてあげるのであった。この子がもっとも後ろ髪引かれる場所は、この世界にただ一つ。あの小さくて壊れかかった草屋なのであった。

 私にはそんな彼女を責めることはできなかった。彼女の母親に残された日々はそう多くはない。玉冷がやりたいようにさせてやるのが人情だと思っていた。

 しばらくすると、墓地近くの楊家の草屋に来る来訪者が多くなってきた。ある者は僅かながらも力になろうという善い意図を持っていたが、多くはやはり二人の娘たちに興味があってのことだった。

 ある日、一人のタイ人が慌てて駆けてきて私に知らせた。小ぎれいな車が楊家にやってきて、降りてきた女が玉冷を連れ去ろうとしているので、とにかく私に早く来てほしいというのであった。

 私はすぐに楊家に向かったが、村人たちが数人で、おそらく三十歳台の身分のわからない女と話し合っている。女はバッタのように痩せ、洋服をぴっちりと着て、髪型はパーマでぼわぼわ、顔にはありとあらゆる化粧品を塗りたくっている。この女は思わず鳥肌が立つほど慇懃で不気味な口調で話し始めた。「私どもの大奥様がこの家がとても可哀想だというので、見てくるように命じられました。大奥様は菜食主義で毎日お経を唱え、非常に心が美しい方で、ぜひともこの家をお助けしたいとのことです」

 この女は、優越感に満たされているが、それは行き過ぎとも思えるほどに誇張されている。自分を観音様の生まれ変わりであると思っているようだ。私は反感を禁じ得ない。この女の考えは虚妄に過ぎない。

 女はそんなことをべらべらと喋りながら、玉冷を車に乗せようとする。玉冷が私の後ろにさっと身を躱して、「お姉ちゃん、私行かない。お姉ちゃん、私行かないから…」と私に小声で言っている。

 この女は身汚い玉冷が気に入らないのか、私に向かって気炎を吐くように尖った声で言う。「あなたがこの子を車に乗せるのよ。うちの大奥様は、あなたにもきっとよくしてくれるはずだから」

 「私によくしてくれる」…こういう話には吐き気を覚える。

 私はこの浅薄な女の妄想虚言を聞いて、すぐにこの女を警戒した。しばらくの間、冷静にこの女を眺め、それから口を開いた。「あなたの大奥様は善徳を積みたいとおっしゃる。本当に御奇特なことだと思います。ですが、この子を連れて行くことと何の関係がありますか?病を得て困っているのはこの子の母親なんですよ」

 「大奥様は子供が大好きなんです。大奥様がこんな可愛い子供を見たら、きっとこの家族に、たくさんのお金をくださいますわ」

 「ならば、この村の村長を呼んで来て、私たちがこの子を連れてあなたと一緒に行きましょう」私はそう言い返した。

 この女はそれを聞くと、アイシャドーの下の小さな眼を忙しそうにきょろきょろさせ始め、蚤が飛び跳ねるように慌てて車に乗り込んでエンジンを掛けた。そして、「いいでしょう。でも今は私は別の用事があって、これ以上はここにいられない。日を改めてまた来るわ」と、捨て台詞のように言った。

 そして女が乗った車は、空にまで届きそうな土埃を上げて走り去り、謎の女は蛇のように姿を消した。


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